『悪魔礼拝』種村季弘 著

p3 サタンと大母神(マグナ・マーテル)
悪魔主義(サタニズム)とは、一体、いかなるものであろうか?はじめに、簡単な定義を下しておくのが適当であろう。『カトリック百科事典(エンチクロペディア・カットリカ)』によれば、悪魔主義とは「悪魔的(サタニック)であることの、すなわちサタンの行為に服従したり、かかる神の敵手に帰依したり、その霊に犯されたりすることの状態」である。「かかる神の敵手」という言葉にアクセントがある。従ってここで早くも次の命題が明らかになる。
一、神の敵対者であるサタンはキリスト教独特の神の反像である。それゆえにまた、悪魔主義キリスト教的伝統と切っても切れない関係がある。
一、キリスト教出現以前、教会以前(おそらく以後も)の空間には悪魔主義は存在しなかったし、今も存在していない。
二つの命題はむしろ表裏の関係にある。要するに悪魔主義はなによりも特殊キリスト教的現象なのである。そして、サタニズムというこの「状態」が、もっとも鮮明かつ集約的に顕現するのが悪魔礼拝の儀式である。それは、神の敵対者サタンを礼拝するのだから、当然のことながらキリスト礼拝の反対命題であり、その倒錯、ないしパロディの形式をとるのでなくてはならない。教会のキリスト礼拝がミサを中心として昴まるならば、悪魔礼拝もローマ教会のミサの倒錯形態である儀式において絶頂に達する。カトリックの慣習がミサの象徴的付属物に清浄な色彩である白を用いれば、こちらは黒い聖餅、黒い塗油など、「黒」によるパロディを貫徹する。十九世紀末人口に膾炙した「黒ミサ」という悪魔礼拝ミサのこの色彩倒錯の側面から着想された通俗的イメージに他ならなかった。
さて、悪魔礼拝は、このように、いたずらに放恣な淫祠邪教ではなくて、厳密にキリスト教的な倒錯である。しかしキリスト教以前にも、悪魔礼拝そのものではないにしても、《悪魔礼拝らしきもの》が皆無だったのではない。ある意味では至るところ野放しに盛りすぎたくらいであった(なぜなら、当時にあってはキリスト教的《禁止》が存在しなかったから)。リーヴィウスの『ローマ史』に描かれているバッカナリアの狂宴や、アプレイウスの『黄金の驢馬』の魔女フォティスが執り行う魔法を見ると、これら異教的古代の非キリスト教的密儀がしばしばキリスト教内部の悪魔礼拝と瓜二つぇあるのに驚かされる。同種の悪魔礼拝類似の密儀は、古代ケルトドルイド教にも、エトルリア文化にも、地中海周辺のインド-イラン的二元論の影響下にあるグノーシス-マニ教信仰の広大な分布圏のなかにも、いたるところに看取されたのであった。両者を結びつけて、キリスト教的中世の魔女の宴の悪魔礼拝に古代エジプトの豊穣信仰の名残を発見したのは英国のエジプト学者マーガレット・マリー教授であったが、現在では、エジプト古代信仰がその特殊形態の一つである。
それならば、先の命題に反して、キリスト教以前にも悪魔礼拝は存在していたと言うべきなのであろうか?そうではない。仮にキリスト教出現以前の異教的密儀が特殊キリスト教的悪魔礼拝と源泉を共有し、多くの点で外形的一致を示しているとしても、両者はその《意味》を百八十度異にしているからである。端的に言えば、キリスト教以前の悪魔礼拝(らしきもの)は倒錯を知らず、悪の自意識を知らなかった。それはキリスト教の出現を待って初めて、悪または罪の烙印を押されて正統教会から追放され、サタンの王国という隔離された特殊地帯に封じ込められたのであった。異教的密儀も、外見上は黒ミサと瓜二つの、蛇や蟇蛙や殺された嬰児の血のような象徴的付属物を用いることはあるが、それはまだ不浄や深いを意味しているだけで、いまわしい悪として意識されてはいない。異教の神々は、悪と善とに価値の上で貴賤のない、悪にもそれなりの神性のある善悪二元論の立場から、あるいは悪が悪としてまだ分離されておらず、神性の暗い面としてその全一性のなかに抱懐されている高い調和において、これらの恐ろしい供物をも要求しはしたけれども、専一反キリスト教的悪のみを請い求めるサタンとはおのずから範疇を異にしている。従って、その密儀が外見上いかにいまわしい恐怖に装われていようとも、信仰の当事者にはなんら罪の意識はなく、彼らはひたすらおのが信じるところにしたがって聖なる心酔に浸りきっていたに違いないのである。

それ自体としてはこのように無邪気な異神崇拝をこととする密儀が悪の汚染を受けたのは、正統キリスト教がいわば自らの絶対的清浄を確信するためにありとあらゆる悪の要素をこれに押し付け、水も漏らさぬ悪の体系のなかに相手を封印したからであった。悪魔学(デモノロギア)はそもそもが体制の学問である。すでに原罪の観念に汚染された中世においてさえ、民衆レベルでは、審問官たちが死をもって報いるべき極悪と見なした魔女の所業の数々も、現代で言えば小市民のピクニックや夜桜見物のような無邪気な気晴らしにすぎなかったといえば誇張になろうか。

悪の化身サタンがキリスト教のなかに鮮明にたちあらわれてくる過程は、言うまでもなくキリスト教的悪の観念の成立と密接なつながりがある。悪の観念が定立していなければ、超越的存在の中のどれが悪魔で、どれが神なのか、区別のつけようがないからである。したがって、悪の観念がどこで、どのようにして発生したかが重要な問題となろう。一体悪とはなんなのか?しかし短兵急な返答は慎んだ方がいい。天地創成が渾沌の腑分けからはじまり、特殊キリスト教的悪魔礼拝が普遍的な大母神崇拝の胎内にすでに潜在していたのと同じく、悪もまた悪以前のもののなかに長い胎生生活を経験してきたのである。そこで、悪の発生を明確に定義するには、その原母たる悪以前のものにしばし眼を注ぐ必要がある。

カール・ケレーニーが『神話学における悪の問題』のなかで明らかにしたところによれば「悪とは何か?」という問いは、そもそもすぐれて人間的な問いであって、神の問いではない。ヘラクレイトスは、「神にとっては、一切が美しく、善く、正しい。人間にとっては、あるものは不正だが、他のあるものは正しい」と語った。神にとっては一切が無差別的に正しいので、善と悪とを区別する必要がない。ただ人間だけが、この無差別的に美しく、善く、正しい一切に亀裂を生じさせて、一方を正、他方を不正と分割する。部分的な原理である悪はこうして人間に特有な問題なのである。
なぜかと言えば、この原理としての悪の部分性は、神が不死であるのにひきかえ、人間が死すべき存在であるという点に起因するからである。古代ギリシアでは、このような不死なる神々の軽やかな生と死すべき人間の絶えず死の脅威にさらされた重い生とが対照を形づくっていた。「われらは《彼らの》死を生き、彼らは《われらの》死を生きる」(ヘラクレイトス)という有名な言葉も、不死性と死すべき存在とに世界が両分されたという認識に基づいている。とはいえ、一面には神々とその住居である鉱(あらかね)の天上、他面には人間の世界と両分されながら、両者とも、そもそもは原母ガイアから生の息吹を授かっているために、決して相互に無関係ではない。
「鉱(あらかね)の天上、それは」とケレーニーは右の消息をふまえて語っている。「不死なる神々の硬さであって、人間たちはよしんば彼らが神々を畏敬しているにもせよ、これを頭にぶつけるのである。神はそれぞれ、祝祭の際に生け贄を受け入れるときでさえも、その貌(かんばせ)に不死性の硬い表情を帯びている。この表情は人間たちにとってのみ、神に死の脅威を受ける人間たちにとってのみ、硬いのである。それは決して悪意の表情なのではなく、光輝く微笑みもしくは安らいだ光彩に満ちた厳粛さなのだ。それなのに!このような光輝く堅固な存在──私たちの周囲の世界はそんな風に存立している!──に直面して自らの死に想いを馳せるとき、人は神々の残酷さをいかばかり身近に感ぜざるを得ないことだろうか!」
ここで注意してほしいのは、神々は意識的に残酷に、悪意をもって振る舞っているのではないということである。それを残酷と感じているのは人間(神に死の脅威を受ける人間)であって、神々は「光輝く微笑」を浮かべながら、いとも軽やかにことを行っているのだ。正確には、それは今日的な意味での悪ではなくて、禍いとか、死の脅威とか、言うべきものであろう。事実、ギリシア世界の悪の観念はそうしたものであって、ギリシア語の悪に当たるkakosは「禍い」の意味を併せ持ち、苦悩や死の原因となる「能動的、行動的なもの」の意である。それは潜在的な能動性として普段は隠されているが、何かのきっかけに禍いを及ぼす悪意に集中される、ある怒れる本質である。それゆえに、ケレーニーはギリシア的な悪の観念について次のように語る。
「悪とは、人間の共同生活のうち、いや人間と神々の共同生活のうち、私たちの世界の自然的な状態のうちにあって、adikiaすなわち不正を意味する。当然の、かつ軽はずみに喚起される神々の怒りは、それがいかに残酷なものであろうと、悪に完全に酷似し、本当に悪しき形態のうち、世界の死の相貌の放縦な激発のうちにあらわれることがあろうとも、不正ではない。」
なぜなら一般的な定義として、
「悪とは(神はこちら、人間はこちらという意味での)双方の面の自然的な関係を勝手にかき乱し、死すべき存在に対して死の面を早まって喚び起こす行為である。」
「私たちの世界にあって永遠に存在するもの、もしくは周期的に必ず回帰してくるものすべてに内在する、不本意の残酷さが作為的な《諸行為》に転移されるとき、はじめて悪について語ることができる。」
生と死、人間の世界とオリュムポスの天界の自然な平衡関係が維持されている限り、悪は問題にならない。仮にこの平衡関係がかき乱されても、不死である神々は「死すべき存在に早まって喚び起こされる死の面」になんら脅威を受けることはない。ティターンの神々はディオニソスの子供を八つ裂きにする。しかし、それは残酷ではあるが、(まだ)悪ではない。燔祭の生け贄の対象が人間に向けられようと、動物(雄牛、山羊)に向けられようと事は同断である。そこでは同一の神話のなかに残酷さと没倫理的な無垢もしくは不感無覚が共存しているのである。少年神ヘルメースはこの上なく晴朗な天真さをそなえていながら、路上で拾った亀を残酷に弄んで殺し、泥棒、詐欺、夜盗、嘘言のようなありとあらゆる悪行を働く。神々は、猛獣が獲物を殺戮する前にさんざんなぶって楽しむように、生け贄を殺しながら嬉々として無邪気に戯れさえする。

ギリシア神話以外の神話系のなかにも後の悪魔と同一視されることもある、悪行を働く残酷な神はしばしば登場してくる。古代ケルト吟唱詩人たちが好んで歌った悪しき神ロキは、狡猾で、二枚舌で、虚栄的で、策謀家で、卑劣で、媚びるようになめらかな顔に装われながら狂暴である。ロキはやがてキリスト教的観念の影響下に悪の原理の人格化としてほとんど「キリスト教の悪魔の原型」とされたが、本来は、デュメジルが論証しているように、小アジアヒッタイト王国の神話文書の中に祖型を有するインド-イラン系の神話であった。そしてこの悪神も──その残忍さにおいてはむしろクロノスに近いが──一面にはヘルメースのように憎めない諧謔精神の持ち主で、口の悪いユーモリストなのだ。
こうした異教の神々は後代に到ってしばしばキリスト教的悪魔の原型と見なされたが、しかし、どんなにその悪の面を分離的に誇張しても悪魔の姿と完全に重なり合うことはなかった。後に私たちは、近代文学における悪魔のメトロポールとなったヴェネツィアにおける悪魔の暗躍を述べることになるが、そこでも神々の使者ヘルメースは、悪魔と至近距離まで接近しながら同一化することはない。ヘルメース(やロキ)の策謀も、二枚舌も一見極めて人間的な悪の相貌を帯びてはいるが、実はいかなる倒錯も知らない神的軽快さの産物だからである。ケレーニイの先に引用した悪の一般的定義の中に「不本意な残酷さが作為的な諸行為に転化するとき」という注目すべき限定句がある。悪は「不本意」の産物ではなく、意識的な「作為性」の必然的な結末でなければならないのである。何気ないこの指摘は、サタニズムが真にサタニズムとして完成されるのが何故特に十九世紀末であったかを正確に洞察している。不本意な残酷さとして世界に常に潜在している能動性は、神々の晴朗な遊戯の園から失墜して、人間の意識という反射装置を通じて初めて悪の禍々しい姿を映し出すからである。

ロマン派以後の自意識のドラマが極点に達するその瞬間に、作為としての悪が洗練の極みに達し、「芸術のための芸術(ラール・プール・ラール)」の平行として、悪のための悪、殺人のための殺人が出現する。かくて悪は純粋の極みにまで洗練されて、ついに虚構となり、装飾となり、道化たパロディーとなり、悪による超越が定式化されたスローガンと化したとき、超越の契機となる豊穣な生命力を失って自意識の内部に空しい堂々巡りを繰り返すのだ。
世紀末芸術家たちとほぼ時を同じうしてこの不毛な空転の消息に気づいていたのは、哲学的ベシミストたちであった。ショーペンハウエルは悪について次のように考察する。
「哲学的思考を促す驚愕の仔細な状態は、明らかに万有のうちなる《禍と悪》を見たために生じるのである。…それゆえ、まず悪を片付けるために、意思の自由が考え出された。…ついで人々は、禍から脱却しようとして、その責を物質に、だがまた自然の不可避の必然性に負わせた。そうしながら人々は、そもそもが正当なる所与の状態における方便(エクスペディエンス・アドホック)たる悪魔に与(くみ)したがらなかった。《死》は禍いの不可欠の一部である。悪はしかし、単にその都度の禍いを他者に押しつけることに過ぎない。」(『意思と表象としての世界』)
この逆説的な悪と自由意思の相互関係の裏側が有名なマーヤのヴェールの比喩である。
「未熟な個人の眼差しは…マーヤのヴェールに曇らせられる。彼の眼には物自体は見えず、代わりに時空の、個別化の原理の、根底の文脈の余剰状態のうちなる現象しか見えない。彼の限られた認識というこの形態のなかでは、本来ひとつのものである事物の本質は見えず、分離され、分断され、教えきれず、極めてまちまちで、相互に撞着さえしているその現象のみが眼に映るのである。そこで彼には快楽が一つのものとして見え、苦痛がこれとは別なものとして見え、この人は拷問吏殺人者、あの人は受刑者犠牲者と思われる。…彼は世界のなかに禍いを見、悪を見る。しかし両者が生への意思という現象の異なる面に過ぎないことを認識するにはほど遠いのである。彼は両者を相異なる、相対立するものとさえ考えているが、しばしば悪を通じて、すなわち他者に苦悩を惹き起こさせることによって、おのれ個人の苦悩である禍いから逃れようとする、個別化の原理にとらわれ、マーヤのヴェールに欺かれて。」

個別化の原理にとらわれた人間は、悪を運命的な禍いの一面として全一的な神聖のうちに内包している一なる本質から分断され、あれとこれとの間に立ち迷う。この分裂と孤立の深淵からマーヤのヴェールをかいくぐってショーペンハウエルが垣間見たものは、不覚無覚のニルヴァーナである。同様にしてニーチェは「善悪の彼岸」について語り、フロイトは「快不快の彼岸」を語った。
同じ認識からデカダンス芸術家はあえてショーペンハウエルのいわゆる「所与の状態の正当なる方便たる悪魔」に与したのだった。人々が禍いを自然の(あるいは歴史の)不可避の必然性に押しつけて事足れりとしているのに対して、彼らは進んでその責を一身に負い、禍いの攻撃性を他に導く悪の作為性を洗練させ、悪をいよいよ部分化し鈍化して、サタンの純粋な輝きに就くことを選択し、そのイロニーの極限からニルヴァーナへの帰還をはかった。「魔王連禱」のボードレールペシミストたちと同じ東方憧憬の結論に達したのは異とするには及ばない。「旅への誘い」のリフレインは、さながら悪の(悪以前のもののうちなる胎生への)還帰願望であるかのように響く。

彼処では、ものみな秩序と美、
豪奢、静寂、また快楽。

鬼面人を驚かすような悪魔主義者たちの大多数が東方崇拝者であったという事実は、いささかも驚くには当たらないのだ。個別化の原理によって純粋抽出された悪を仮面として装いながら、彼らの関心は個別化の君臨するここにはなく、悪が未分化のままに(あるいは今日とは全く異なる価値観のもとに)サフランや山羊の乳の香りのように大気の中に混じり合い、共棲している、荒々しい生命力に包摂された彼処(かしこ)にあった。キリスト教的伝統の下に生を享けた宿命が悪魔主義を完成によって破壊に導くという逆説的苦役を彼らに課し、東方に属している本質が、西欧におけるいまとここを流謫の感情に染め上げるために、本質とは似もつかぬ演技を命じたとも言えようか。

「ロマンティックな空想に対する大きな反動が、1890年代におとずれた。それは二種類あって、まず悪魔主義者がいた。この一派は、文学上のデカダン主義と手をつなぐことが多かった。デカダン派は、病める魂を心のうちに秘めてローマ・カトリック教会の門をくぐり、ヴィクトリア朝の趣味と気取った道徳的な伝統を侮蔑して、ひたすら異国情緒に耽った。なかにはサリー州の仏教徒団に身を投じる者もいたが、大多数はマニ教と東方の二元論的な宗教に帰っていった。エリファス・レヴィは、パリで呪術に関する書物を出版した。偽悪という青年期独特な感情と、複雑精巧な地中海的祭儀の知的な魅力に引かれて書き上げたものである。」(P・ヒューズ)

軽薄に戯画化されてはいるが、大筋において当時のオリエンタリズム流行を叙した記述と言えよう。東方を憧憬しながらローマ・カトリック教会の門をくぐるという二律背反が流行したのであった。なぜなら東方は彼方にあるが、教会の門をくぐればそこには彼方とは相隔たること最も遠い正当信仰が存在し、それを倒錯させることによって、今ここでサタンの王国に、すなわちさかしまの形で東方と交感し通底している異界に推参できるからだ。言い換えれば、悪魔主義者こそは教会の架構した悪魔とは最も無縁な存在で、詐術的にローマ教会に属しながら最も非カトリック的だったのである。東方を精神の拠り所としながら西欧に生きていたこれらの貴種流離譚の人物たちは、そのさらに倒立した姿を西欧以外の空間における悪魔礼拝者たちのなかに見い出だすこともできるだろう。西インド諸島ヴードゥー教徒、北西部イランの回教徒クルド人のイェジデ派、ブラジルのクレオールのマクンバ信仰は「悪魔主義的」であるが、これらの諸地域が例外なくキリスト教に汚染された白人支配の旧植民地であったことを考え併せるなら、悪魔礼拝とは正当信仰とアジア・オリエント的土着宗教の諸神混淆の場に必ず発生する倒錯的擬態に他ならないことがたちどころに判然とする。
聖堂騎士団からネルヴァルとボードレールにいたるまでの東方旅行者ないし東方崇拝者たちは、同じ道程を逆にたどったのである。植民地の原住民も悪魔主義的騎士や詩人も、いずれも、自らが真に所属すべき世界を不当に追放され、見知らぬ世界をさまよっているという被投企の感情から、正にその不当な「所与の状態における方便として」悪魔に与したことに変わりはなかった。

さてしかし、ここでキリスト教以後の全ての悪魔礼拝の諸相を検討し尽くすことは不可能に近い。とりあえず今は、キリスト教成立前後の、悪と悪魔の像が次第に鮮明となるにつれて、没落しながらキリスト教内部に悪魔の大群として収斂吸収されていった異教の神々の運命に簡単に触れておきたい。
キリスト教の世界征服を待つまでもなく、すでに古代ギリシアにおいて、劣勢となった異教の神々は悪の領分を割り振られていた。旧約聖書で「悪」を意味するギリシア語penerosは「艱難に苦しめられる者」「悪者」の他に、「役に立たない者」を指し、また前述のkakosは「劣敗者」の意をも含んでいる。すなわち「負けたものから悪が生まれた」(ケレーニイ)のである。ギリシャ神話でいえば、それは明るいアポローンに対する暗いディオニュソスであり、さらに勝利に輝くオリュムポスの神々に対する打倒されたティターン族である。むしろ明-暗が合してひとつの全一性を形作っているギリシアでは、暗いものすなわち悪を意味してはいない。しかしディオニュソスティターンの暗さは少なくとも大母神の地下的(クトーニッシュ)な性質を代表する属性ではあった。特に世代交替劇の犠牲となったティターンの場合には、その敗残の生き残りの中から多くの前悪魔的な形象が輩出してくる。ゲルハルト・ツァハリアスの要約を借りよう。
「大地的なティターンはオリュムポス神の祖先でもあれば激しい敵対者でもあるように思われる。ピュトンの蛇はアポローンに征服されてからデルポイの世界の臍の番人となる。魂の導者にして神々の使者たるヘルメースは同時に──しばしば残酷な──悪漢である。その息子パンのなかには荒々しい本能的性格が体現されている。」(『悪魔礼拝と黒ミサ』)
敗残のティターン族の子ヘルメースやその子パンはティターンを廃して新しい支配者層となったオリュムポス神の環の中では上位に位する神ではない。その役割も死霊の導者や使者といった賤業であって、英雄的な神々の勇姿とは相隔たること遠い。とりわけパンは、後にその半身山羊の淫蕩な姿がサタンのモデルとされることしばしばであった。エロチックな含意はいうまでもないが、それとともに、劣敗者=悪という観念と大地的なティターン族につながる意図的な暗さが、彼らを悪魔の先駆形態と見立たせたのである。ちなみにパン=サタンの血縁関係はディオニュソスバッカス)=悪魔の関係と相等しい。
ローマは早くからエジプトやカルデアの文化の影響下にあったが、同時にイラン系の二元論に由来する奇怪な密儀をしこたま抱え込んでいた。その淵源は善神(アフラ・マツダ)と悪神(アーラ・マンニウ)の絶対的対立を教義とするゾロアスター教にあり、キリスト教のローマ浸透初期にもアフラ・マツダと同系の光の神ミトラを崇拝する強大な勢力が残存していた。インド-イラン的二元論では生け贄の肉を糧として生きる悪神の存在が公然と認められていたので、ヘレニズムのアポローン-ディオニュソス的な明暗の全一性はローマにいたってすでに事実上崩壊していたのであった。この二元論的思考はキリスト教初期最大の(一時は正統派の勢力を凌駕さえした)異端グノーシス派のなかに顕著に継承されている。
ヘレニズムの残照とローマの退廃を背景に徐々に頭角を現してきたキリスト教は、言うまでもなくユダヤの諸伝統を母胎としていた。サタンの前身はここにも胚胎していたのであった。ユダヤ的色彩の濃厚な旧約聖書におけるサタンの形成過程を分析したシェルフのような学者は、はじめに両極端な神の形象の暗い面を体現していた天使が「神の息子」としてのサタンを経て、ヤーヴェの対立者サタンとなり、ついに神から分離して独立の悪霊(デーモン)となる道程を逐一論証している。天使の中の一人から堕天使が生まれてくる過程を叙べたヴィンケルホーファーもこれと同工である。いずれにせよヘブライ的思考もまた、神的なものの明-暗の全一性からヤーヴェの敵対者としてサタンが分離していく二元論的傾向を帯びているのである。

こうしてヘレニズム文化、ローマの異教、ユダヤ教の遺産が三つ巴に絡み合った複雑な状況にキリスト教は直面する。ゲルハルト・ツァハリアスはヘレニズム文化とユダヤ教の遺産を巧みに融合させながらローマのあまたの異教を壊滅させた初期の教会の対応策を次のように分析している。
「ここで《初期の教会》は、その鋭い反対(コントラ)を携え、当時全面的崩壊の潮流のなかに信仰の根をはびこらせていた暗い神的な諸力の神性を剥奪してこれを悪魔化することによって、またその道徳的要請を携えて、介入した。後期ユダヤ教の二元論的構想に立脚し、ヘレニズムの悪霊(デーモン)信仰とグノーシス的二元論の影響下にありながら──教会はグノーシスと争っただけではなく、同時に多様な形でその影響下にあった──初期教会は<ディオニュソス的なもの>の原理に対する<アポローン的なもの>の原理を、すなわちサタンにおいて絶頂に達する反神的諸力の暗黒と怨念に対する、キリストにおいて受肉された、明るい、善き神の原理を代表したのであった。」
大雑把に言えば、正統教会はグノーシス派やユダヤ教の二元論を援用してまず悪を二元的に分離させ、ついでその対立的な価値を否定してアポローン的秩序思考の下位に置くのである。インド-イラン系の二元論も悪の絶対的存在を認めてはいるが、それは価値として善神より賤しいものではいささかもない。キリスト教的価値観を持って初めて、悪は劣敗卑賤の同義語となった。それゆえにサタンの面影のなかには、二元論的に神から分離して独立の王国を打ち立てる高貴な反逆児の貌と、劣敗者として卑しめられた卑賤が同居している。これがこの他の前悪魔的悪霊とキリスト教的サタンを分かつ最も重要な特徴と言えよう。一旦教会の秩序が制定され、教権の拡張過程に入ると、伝導の足跡の及ぶ先々の地方神土着神を次々に制圧してサタンの軍勢に繰り入れる。キリスト教が拡張するだけ、敗者サタンの影の王国も拡張されるのである。もはや制圧すべき異神が見当たらぬ場合には教会の内部から異端分子を摘発するであろう。こうして永久粛清の無窮動の輪はいっかなとどまるところを知らないのである。

このように正当教会は、全世界を神の恩寵に俗して明るいアポローン的光明で覆い尽くす擬似一元論を定立し、当初悪を分離するために援用した二元論的思考を放棄したかに見えるが、その痕跡は意外にしぶとくわだかまったのである。よしんば教会が忘れても、分離された側は遺恨を忘れはしない。グノーシス的二元論はたえず復活の機会を窺っている。事実、それは三世紀頃のマニ教や、その隔世遺伝と見られるボゴミール派やカタリ派の中に強力に息を吹き返してくるのである。悪魔礼拝のための、近代にいたるあまたの結社や宗教については言うまでもあるまい。
二元論的対立はしばしば兄弟や双生児の比喩を用いて記述された。アフラ・マツダとアーラ・マンニウは双生児であった。ケレーニイによれば、これすらも原神話ではなく、ミュケーナイ時代の英雄の卵で、「母親の胎内ですでに掴み合いを演じていた」という恐るべき兄弟アクリシオスとプロイトスのつがいの方が原神話的であるという。カインとアベルもやや脱神話的な同種の形態と見ていいだろう。面白いのは、キリストそのものがこの関連に関わっているということである。すなわちグノーシス派の考えによると、神は二人の息子を持ち、キリストはその内の第二子で、サタン(サタナエル)こそが長子なのであった。マリアを母とするイエスは、母の胸に抱かれるように、マリアと同一視された教会(エクレシア)の中に入る。しかるにグノーシス派は「魂の教会(エクレシア・スピリチュアリス)」をもとめて実際の教会を持たず、野ざらしの路傍をさまようのである。それは第二子キリストに正当な権利を奪われて、定住する場所もなく、いたずらに野をさまよう孤独なサタンの似姿でもあろう。グノーシス派の圧倒的な影響下にあった錬金術師たちはこのようなサタンを孤児になぞらえ、キリストにおけるマリアに相当する彼らの普遍的な母性を「寡婦」と名づけた。錬金術師たちの守護神ヘルメースはいみじくも洞窟に住む寡婦マイアの子であった。マニ教徒も自ら「寡婦の子」を名のり、マニ教的二元論を奉じるフリーメーソン団員は同じく「寡婦の子」を自称している。この寡婦の正体があの暗い地下的な大母神に他ならないことはあらためて言うまでもあるまい。
ディオニュソス的なものと大母神のつながりは果然ここに明快になる。ニーチェディオニュソスを陶酔の化身と見たことはあまりにも有名だが、今日ではこの解釈は一面的であったことがわかっている。ディオニュソス的なものは植物的-自然的な存在を、包摂しているのだ。ディオニュソス信仰の発祥地であるクレタ島の祭儀の中心では「一面では洞窟の中に祀られていることによって、一面ではまた、蛇を象徴的付属物に持っていることによって、地下的な暗黒への関連を物語っている大母神」(G・ツァハリアス)が座を占めている。恐ろしい蛇の女神の像が大母神(マグナ・マーテル)の像であるのか、それともたんに女司祭の祭具であるのかは未確認である。だがいずれにしても、植物-自然の加護者ディオニュソスは、この恐ろしい大母神にさらに包摂され、その愛(いつく)しみを享けているのである。父なる神に見捨てられたこの寡婦と孤児のつがいは、やがて捲土重来、第二子の支配する世界に正嫡の長子として、失った一切を請求しに帰還してくるであろう。久しい放浪生活に憔悴した孤児は飢えて顔面蒼白となり、手足は獣のように節くれて異様に奇形化しているかもしれない。その底知れぬ怨恨に冷たく光る眼はこの世の人のものとは思えぬでもあろう。そして彼の背後には清浄なマリアとその子の幸福に燃えるような嫉妬の眼差しを注いでいる。醜怪な、忌まわしい母親がうずくまって、不気味な人形師が操り人形を操るようにサタンを操縦しているのだとすれば!これがサタニズムのロマネスクな恐怖の根拠である。

アルメニア-ギリシアのダニエル黙示録では、アンチ・キリスト=悪魔の到来に先だって一人の寡婦(祖母)の世界支配が行われていたとされている。祖母-悪魔のつがいは、クリスチアン・グラッペの『諧謔、風刺、反語、ならびにより深い意味』に登場する、グロテスクな悪魔(トイフェル)とその若い美人の祖母を彷彿とさせよう。グラッペの戯曲を顧みながら、かつてハイネは次のように語ったことがある。「悪魔(トイフェル)には母親があるということもすでに見た通りである。多くの人の説によれば、悪魔にはもともと祖母しかいないということだ。その祖母もやはり時には地上に現れる。おそらく〈悪魔(トイフェル)は自分の手に負えないところへは、老婆を行かせる〉という格言はその祖母と関係があるだろう。普通にはしかし、彼女は地獄の台所で働いているか、あるいは赤い安楽椅子に座っている。そして悪魔は夜になって、昼間の仕事に疲れて帰ってくると、母親が作ってくれたのを飲み込むように大急ぎでむさぼり食べ、それから母親の膝を枕に横になって、シラミとりをしてもらい、眠り込んでしまう。」(小沢俊夫訳『精霊物語』)
しかも、この種の通俗的な恐怖像は、今もって身近なところにいくらでも転がっているのである。例えばハドリー・チェイスの『ミス・ブランディッシュの蘭』に、不能のサディストのギャングとその醜怪な母親(おふくろ)との、世にも恐ろしい交情関係が活写されているのを覚えておいでの読者は多いだろう。白状しておくなら、私もまた高級な悪魔主義論議よりは、この種の大衆社会の白昼夢にも似たむごたらしい貴種流離譚の方に、なぜかアンチ・キリストの襲来を幻視する倒立した「黙示録」の迫真味を覚えることしきりなのである。

p20 魔女の霊薬

十六世紀ドイツの画家ハンス・バルドゥングス・グリーンに「魔女たち」と題して、数人の魔女が恍惚状態で飛翔したり、そのための準備をしているらしい情景を描いた一幅の銅板画がある。後方に水平に浮遊している老婆が片方の手に尖りの二股状になった杖を持ち、もう一方の手で、半ば浮き上がった若い娘の腰を抱えて何処(いづく)かへ拉そ去ろうとしている。前景右手には、片手にもうもうと煙をあげる魔香器を掲げて今にも地を離れんばかりのエクスタシーに浸っている女がいる。注目すべきはしかし、それよりさらに前景左手の女である。彼女は左の手に何やら呪文のようなものを記入した紙片を持ち、もう一方の手を股間に挿入して(後方にグツグツ煮えている釜から取り出したものであろう)塗り膏(あぶら)らしきものを陰部に塗布しているのである。呪文と見えたのは、あるいは塗り膏の製法または用法を書き留めた処方箋でもあろうか。仔細に見ると、この銅版画は映画的な連続画面で構成されていて、最前景の塗り膏を塗布している魔女が遠景に退くのにつれて、徐々にエクスタシーに陥りながら催眠状態で飛翔する(もしくは飛行感覚に襲われる)過程を刻明に記述していることがわかる。
バルドゥングス・グリーンばかりではない、ゴヤも(「サバトへの道」)、アントワーヌ・ウィルツも、レオノール・フィニーも、古来魔女を描いたほとんどの画家が、箒にまたがって空中を飛行する魔女を描いた。魔女は飛ぶのである。しかも股間に怪しげな塗り膏をなすりこむことによって!これこそが悪名高い「魔女の塗り膏」であった。
ところで、一体、魔女の塗り膏の成分はどんなものだったのであろうか?血やグロテスクな小動物のような、様々の呪術的成分を混じてはいるけれども、主成分は概ね幻覚剤的な薬用植物であったようだ。

ゲッチンゲン大学精神病理学者H・ロイナー教授は魔女の塗膏の成分を分析して、混合されたアルカロイドの種類をおよそ五種に大別した。
一、イヌホオズキ属のアトロパ・ベラドンナから抽出されるアトロピン。
二、ヒヨスから抽出したヒヨスキアミン。
三、トリカブトのアコニチン。
四、ダトゥラ・ストニモニウムから取ったスコポラミン。
五、オランダぱせりからのアフロディシアクム。
などであるという。これらの各成分から醸し出される効果はまず深い昏睡状態であり、次いで、しばしば性的に儀式化された夢幻的幻視、飛行体験などである。おそらく媚薬(アフロディシアクム)として常用されたオランダぱせりは性的狂宴の幻視的効果を高めたであろう。魔女審問の記録(十六、七世紀)には、実際に行われたものか、それとも単なる幻覚であったのか定かではないが、ソドミー、ペデラスティー、近親相姦のような倒錯性愛の告白が至るところに見られる。告白された淫行の中には悪魔の肛門接吻(アナル
・キス)のように入社儀式化されているものがあった。アコニチンによる動悸不全はおそらく飛翔からの失墜感覚を惹起した。またベラドンナによる幻覚は、激しい舞踊と結びつくと運動性の不安──すなわち飛行感覚を喚起する。睡眠への墜落、性的興奮、飛行感覚は、こうして各成分の作用の時差によって交互に複雑に出没する消長を遂げたものに違いない。
使用法は右のアルカロイド抽出物の混合液を煮詰めたものに、新生児の血や脂、煤などを加えて軟膏状にこしらえたものを太ももの内側、肩の窪み、女陰のまわりなどにすり込むのである。さて、細工は流々、はたして所期の効果が得られるであろうか?
現代の学者で魔女の塗り膏を実際に当時の処方通りに造って人体実験をしてみた人がいる。自然魔術と汎知論、さてパラケルスやシュレジア地方の伝統採集の研究で高名な民俗学者ウィル-エーリッヒ・ポイケルト教授である。1960年、ポイケルトと知人のある法律家は、十七世紀の魔女の塗り膏を処方通りに復元して試みに自分の額と肩の窪みに擦り込んでみた。成分はベラドンナ、ヒヨス、朝鮮朝顔、その他の毒性植物を混合したものであった。服用後まもなく、二人は気だるい疲労に襲われ、ついで一種の陶酔状態で朦朧となり、それから深い昏睡状態に陥った。眼が覚めたのはようやく二十四時間後で、かなりの頭痛を覚え、口腔はからからに渇ききっていた。二人はそれから時を移さずにそれぞれ別個に「体験」を記述した。結果はほとんど口裏を合わせたように一致し、しかも、三百年前、異端審問官の拷問によって無理矢理吐き出させられた魔女たちの告白と驚くべき一致を示したのである。
「私たちの長時間睡眠の中で体験されたものは無限の空間へのファンタスティックな飛翔、顔というよりは厭らしい醜面をぶら下げている、様々な生き物に囲まれているグロテスクな祭り、原始的な地獄めぐり、深い失墜、悪魔の冒険などであった。」(ポイケルト『部屋の中の悪魔の亡霊』)

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p193
『創世記』(第四章)に従えば、エホバの許を去って、エデンの東に住み、自らは都市建設者となったカインは、それぞれ牧人と音楽家と鍛冶屋の先祖となる子供を産んだ。マンにおける音楽家アドリアーン・レーヴァーキューンがカインの子孫ユバルの末裔であるとするならば、「地の底の兵器庫を明らかな目で見ぬき」、「硝石と硫黄を混ぜる街をわれら(二月革命の暴徒)」──に教えたのは、「銅(あらがね)と鉄(てつ)の諸々(もろもろ)の刃物を鍛う者」たるチラ、トバルカインの末裔、武器製造人、錬金術師、工学家の徒であろう。旧約の悪魔はこのように必ずしも世界創造から排除されてはいない。都市建築、音楽、鍛冶という三つの発明は、以来、文化の根元的基盤である。古代の鍛冶屋は悪魔の化身と考えられていた。破壊と殺人のための凶器を製作する彼らは、しかしながらその殺戮と破壊の衝動を外形化することによって無数の工学機械を発明するという「昇華」を実践してきた種族でもある。文化が本能の昇華であるとするならば、悪魔の末裔こそは文化形成の推進力ではなかったであろうか。ちなみにボードレールが「尊敬すべき三つのもの」に数えた「僧侶、軍人、詩人。知ること、殺すこと、創造すること」は、それぞれ都市設計、鍛冶、音楽の本質に関わっている。

レオパルディがその分裂の狭間に落ち、ボードレールが分裂を積極的に促進することによって超えようとしたキリスト教的二元論は、その精神主義的表層の下におよそ右のような豊沃な鉱脈を隠していた。すなわち二元的分裂の彼方にある、失われた全一性の世界である。
しかしながら、必ずしも全ての詩人がキリスト教的倒錯の隘路を通過したわけではない。ゲーテがそのもっとも高貴な典型であったように、霊肉分離の苦悩の体験を《知らず》に、直接的に異教的古代へ復帰する術を知っている詩人もいた。悪魔の末裔の一人である都市建築家の直系に相当する、石工たちの結社フリーメーソンに属する詩人カルドゥッチの場合がそれである。1869年、後にフリーメーソンの祝典歌として歌われた『サタンに』は、詩句の至るところでサタン=アングラ・マイニュウに仕える「大理石建築」や「錬金術師」や「魔術師」を顕彰している。にもかかわらずここでは、サタンはレオパルディにおけるような自然の盲目的暴力の象徴でもなければ、ボードレールにおける抑圧された暗い衝動でもない。奇妙なことに、抑圧され、復讐の蜂起をたくらんでいるのは、明るい啓蒙主義的理性なのである。

祝福されてあれ、おお、サタンよ、
おお 反逆の
おお、理性の
復讐する力よ!

カルドゥッチが「理性の復讐」を謳ったのは、この詩の成立がヴァチカンのピオ九世による謬説表公付の直後であったことに関係があるという。ピオ九世の謬説表はあらゆるリベラリズムを厳しく罰していたからである。「蛇と世界創造神」の章にも述べたように、カルドゥッチの進歩主義的理性信仰の根底には、「物質の内部にとらわれた光明的な母」を解き放つというグノーシス派の発想が生きている。カルドゥッチのサタンは「物質にして精神、理性にして官能」である以上、むろん単純な近代的理性ではない。おそらくそれは、グノーシス教徒の天上的な母ピスティス・ソフィアのように知と敬虔な愛の結びついた実践的知性であって、それゆえに「復讐する力」というディオニュソス的激情とも結びつくのである。カルドゥッチは古代からキリスト教的中世にいたる数千年のうちに、荒れ狂う火刑台も剿滅することのなかった予言的な声」を訪ね歩き、ブレシアのアルノルトやヴィクリフやフスのような異端者のなかにきたるべきメシア=サタンの予兆を見る。そして「今や時熟し」、未成に終わった数々の試みのあとにサタンの王国がついに来臨するのだ。黙示録のアンチ・キリストとメシアの役割が顛倒した光景が、このサタン待望の幻視の内実と見て大過ないであろう。
「見よ、ミカエルの/神秘の剣(つるぎ)は/錆びに蝕まれ/忠実なる//翼をもがれた天使長は/虚空に失墜する。/雷(いかづち)はエホバの/手の中で凍てついて。//蒼ざめたる隕石、/光褪せた遊星群、/天使たちは雨霰と/蒼穹から墜ちる。」

カルドゥッチはレオパルディやボードレールのようにキリスト教の内部から発想しているのではない。キリスト教神学が二元的に分離した悪魔像と無縁のままに、分離以前の神との全一的一体のうちなる前悪魔を喚び出している点は、むしろゲーテに近い。しかしゲーテメフィストがその前悪魔的性格に自足してあえて攻撃的な挙に出ることはないのにひきかえ、カルドゥッチのサタンはキリスト教神学という囚われの殻を破り、古代の現状態の奪還(復讐)を呼号する分だけ攻撃的-涜神的である。
だが、それにしてもこの攻撃は、ボードレールにおけるようにキリスト教的二元論の内部から、従って同時にメスでも傷口でもある自意識の劇として営まれているのではないために、批判は外在的なものにとどまり、悪魔的なものに不可欠の肉体的-物質的現実性が稀薄であるように見える。
しかしボードレールを通過した眼でカルドゥッチのオプティミズムをあげつらうのは、いささか酷であろう。ここではむしろ、カルドゥッチの思想的背後関係をなすフリーメーソンの悪魔解釈と、ヴァチカンのそれとを同時に一望の下に鳥瞰させるような実際の一スキャンダルにしばらく眼を注いでみよう。事件は世紀末の風俗としての悪魔主義的風潮を雄弁に物語っている。

文学的悪魔主義は必ずしも常に純粋な想像力の産物ではなかった。概してそれは、同時代の現実のなかにモデルとは言わぬまでも対応物となるような事件を持っている。フランス革命前夜のパリでは、裸の女を祭壇に上げていかがわしい乱交に耽るいくつかの秘密集会が行われた。二月革命直前にも、文士やボヘミアンのサロンでは「なかば真面目、なかば冗談に、悪魔ミサを挙げるのが流行」となり、「それは文学的モードというよりむしろ文士のモード」(ドライカント)であった。ボードレールはこれらの風俗的反社会的グループと接触し、その雰囲気の中で『魔王への連禱』以下の詩篇が成立したのである。

世紀末の悪魔文学を代表するユイスマンスの『彼方』には、修道僧ドークルの黒ミサを始め、同時代の悪魔集会の数々が網羅的に活写されているが、そのなかに、どちらかと言えば中世的な雰囲気を残しているこれらの地方的な悪魔集会の他に、「さらに広範囲にわたって新旧両大陸を荒らしている近代的結社」が存在していることが指摘される件りがある。話者は作中人物の一人デ・ゼルミーである。
「それはいかにも近代的結社で、悪魔主義は行政的な機構をとってきて、あえていえば、中央集権の実をあげている。多くの委員会があり、専任委員があり、また法王の元老院と同じくヨーロッパおよびアメリカを統轄する元老院のようなものがある。」(田辺貞之助訳)
その例としてデ・ゼルミーは、「更新幻術者協会」と「降魔新マージ教」の名を挙げているが、いずれも混乱に乗じて世界を乗っ取り、教王に対抗する長老を選出してサタン崇拝による世界支配の野望に燃えている結社であるという。ユイスマンスの記述はやや曖昧であるが、反教権主義と近代的組織性においてこの悪魔主義結社がフリーメーソンに一脈相通ずる性格があることは確実である。むろんフリーメーソンが左様に大それた世界支配をたくらんでいるという論争的批判をそのまま鵜呑みにはし難いが、当時、カトリックの普遍主義に対抗する唯一の普遍主義がフリーメーソンのそれであったことを考え合わせるなら、教会にとって最大の強敵はもはや風変わりな個人の主宰する地方的な黒ミサではなくて、今や全世界に組織網をしくフリーメーソンであったことに間違いなく、それだけで旧体制側があの手この手の中傷で正体不明のこの秘密結社を怪物的存在に仕立て上げようと躍起になるのも道理であった。
事実、ユイスマンスの語っている悪魔主義的世界結社は当時両大陸に猛威を振るっていた。カルドゥッチのサタン礼賛もフリーメーソンの後援のもとで行われたのだった。当時のことながら、この世界結社と教会とはすさまじい死闘を演じた。さて、この闘争に乗じて、両者を巧みに煽動しながら両者をともに手玉にとり、まんまと全世界の鼻を明かすにいたった稀代の大ペテン師が、世紀末ヨーロッパの一角に不敵な姿を現したのである。彼の名はレオ・タクシル、その活動の最盛期はちょうど『彼方』出版の年(1884年)の前後に当たっている。

 

 

 

p198

する憎悪に目覚め、在学中から反教権的社会主義的煽動パンフレットの類いを書き始めた。1871年社会主義系の新聞「エガリテ」の編集部に入り、風刺新聞を発行する。タクシルの才筆はたちまち公衆を魅惑し、中でも教権に対する中傷文『偽善をひっぺがせ』はなんと13万部を売りつくした。以来、タクシルは毎度のように名誉毀損と公衆道徳壊乱の廉をもって起訴され、押しも押されぬ札付きの悪党となる。だが、筆力よりもむしろ天才的な弁舌の才と行動力に長けたタクシルがこの間やりとげた最大の事業は、様々な自由思想家グループと密かに接触し、1880年から1885年までの六年間に、有名無実と化していた自由思想家の諸結社281、結社員総計として一万七千人を組織して息を吹き返させ、一挙に自由思想界の黒幕にのしあがったことであろう。
タクシルがフリーメーソンに加入したのは1881年のことである。自称では「徒弟」の位階にまで昇進していたという。だが、後に見るように、フリーメーソン内部で彼が実際にどんな役割を演じていたかは、一切謎に包まれているのだ。いずれにせよ、今やフリーメーソンをバックに迎えて彼の反教権主義的論調は一段とあざとい攻撃性を加え、1885年頃までに「フランス最大のパンフレテール」と呼ばれるまでになる。
ところがここでタクシルは鮮やかに変節してしまうのである。彼はフリーメーソンと手を切って、ふたたびカトリックに改宗した。タクシルの劇的な改宗はセンセーションを巻き起こした。改宗と同時にフリーメーソンの内情を暴露した『フリーメーソン完全暴露』や『元フリーメーソン団員の告白』を公刊し、その合本はフランスだけでも十万部以上も版を重ねた。
彼の暴露文書は明らかにレオ十三世の反フリーメーソン-回勅を当て込んでいた。フリーメーソンの密やかな浸透に怯えていたカトリック教徒たちは先を争って、この位階制度によって悪魔を礼拝する結社の不気味な儀式を描いたいかがわしい著作に飛びついた。タクシルが次に出した『メーソンの修道女たち』は、悪魔礼拝暴露を口実とした春本であった。つまり、「フリーメーソンのいわゆる性の儀式のさらに猥褻な細部が事細かに描かれていた」(アルフォンス・ローゼンベルク)のである。
一連の暴露文書はフリーメーソンを窮地に追い込んだ。名うての自由思想家メーソンの高位者が結社のイカサマ儀式を内部から暴露したのだから、誇張や出鱈目があるにしても充分センセーショナルである。一方、教会側は掌を翻すようにタクシルを大歓迎した。高位聖職者たちが彼に親交(ちかづき)を求め、1887年には教王自らが直々にこの悪名高い元自由思想家に謁見した。教王はタクシルのいわゆる「暴露」を頭から信じていたのである。

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 p203 

 だが、反フリーメーソン回勅に熱狂的にのせられた大部分のタクシル信者たちは、憐れにも取り残されて泣きを見る羽目に立ち到ったのである。自己正当化のために、彼らは裏の裏をせんさくしにかかった。フリーメーソンの大首長「大オリエント」がミス・ヴォーンを消すために大枚の金を払ってタクシルを買収したのだとか、あまつさえ四月十九日地理学協会ホールで告白をしたのはタクシルその人ではなく、彼そっくりの替え玉で、真物はフリーメーソンに監禁されていたのだ、とか言う類いである。 

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 p251 

 ドークルの赤い角が見えた。ドークルは今は腰を下ろして、激怒のため口元に泡を吹きながら、無酵のパンを噛んで吐き出して、それを自分の手足になすりつけ、あるいは女たちに配っていた。女たちはわめき罵りながらその噛みかすを口に押し込み、またはそれをすために押し合いへしあいした」 

 ドークルの黒ミサには、私たちがこれまでに見てきた中世のサバトや黒ミサの断片がいたるところに刻められている。 

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種村季弘 著『悪魔礼拝』,桃源社,1979.5.  https://dl.ndl.go.jp/pid/12218256

『人間 : 密儀の神殿』マンリー・P.ホール 著 ほか

《一部転載》

p191
薔薇十字の解剖学書『小宇宙誌』においてロバート・フラッドは《炎上天》(あるいは宇宙の天)の三部分を小宇宙(人間)の頭蓋骨に割り当てている。

p33
けだし科学はその存在そのものをこれらの古代の権威者たちに負っているからである。だが言うまでもなく大宇宙すなわち小宇宙という教義は、次のような呪いの言葉と共に知識の家から追い出されてきた。「人間と大宇宙の構造に密接な類似関係があるという考えは」と、チャールズ・シンガーは書いている。「徐々に科学者たちから放棄された。一方非科学的な人々の間でそれは堕落したものとなり、ほとんど気違いじみた妄想と化してしまった。パラケルススのイギリスにおける後継者であり、薔薇十字団員であるロバート・フラッドの巧妙な虚言のなかに、それがよく表れている。彼は五百年前には多少の新しさをもっていたいくつかの体系をしばしば忠実に復元した。同様の狂言的妄想として、かつては有効だったこの前提が今でも時々現代の邪道に堕ちた学問の作品の中に現れることがある」(『魔法から科学へ』を見よ)。

ロバート・フラッド(Robert Fludd、1574年1月17日 - 1637年9月8日)

https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AD%E3%83%90%E3%83%BC%E3%83%88%E3%83%BB%E3%83%95%E3%83%A9%E3%83%83%E3%83%89_(%E5%8C%BB%E5%B8%AB)

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ロバート・フラッドは、ド・クインシーによれば「フリーメーソンの直系の父であった」。この火の哲学者の首長は小宇宙と大宇宙の古代理論に没頭した。コペルニクスガリレオはその理論の発祥をピュタゴラス形而上学的思考に仰いでいる。ケプラーとティコ・ブラーエは占星学の科学的正当性を認めていた。王室天文官でグリニッジ天文台の創設者フラムスティードも同様である。彗星で有名なハレーはあるときアイザック・ニュートン卿の前で占星学を批判したことがある。この時万有引力の法則の発見者はただちに立ち上がって、この古代の科学をこう言って弁護したという。「私はこの問題を研究したことがあります。ハレーさん。あなたはまだないのですよ。」

これまで述べてきたことから次のような結論を下してもよいだろう。化学、薬学、数学、天文学、音楽、生物学、物理学、解剖学、微生物学、原子論、電気学、植物学などの科学的知識に対して、このような偉大な貢献がイデア論者、神秘家、さらに魔術師や占星学者の側から寄せられてきたのである。だが例えこれら学問の開拓者たちの優れた知的能力に対し、超越主義が顕著な助けになったということが認められないとしても、逆に、それが妨げになったということも証明できないであろう。ほとんど全ての領域における科学の先駆者たちは、魔術や神秘的な学術の信奉者であった。このことはなにか意味があるはずだ。それとも「偶然の一致」にすぎないであろうか。ヒポクラテスアスクレピオスの長子であり、最初の医師である。彼の《誓い》はまだ「医学論理における最も感動的な文書」である。この作品の中で、アスクレピオスの徒の義務が挙げられているが、それほどの機会にも、どの時代にも妥当する。ヒポクラテスは、たとえ医学会では尊敬されないにせよ、同じように「感動的な」別の《箴言》の作者でもある。次のような言葉がそのよい例である。「占星学に無知なる者は、医者という名に値しない。むしろ愚者というべきであろう。」

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p72

オルフェウス教の伝統を解釈をするにあたって、ピュタゴラス派の導師たちは宇宙を三つの部分に分け、「至高世界」「上位世界」「下位世界」と名づけた。ジョン・ロイヒリンの『ピュタゴラスの教義解説』によれば、「至高世界」(他の二世界全てを含むと同時に、単一の神的本体から成る)は「神」の世界と呼ばれ、始まりも終わりもなく、存在、実在、本体の永遠なる宿りである。それは「自然」とも言う。「上位世界」(非物質的なものによって「輝いている」ところ)は、超自然的諸力の世界と呼ばれ、神の顕現、「世界の封印」とも言う。そこには「神」から生まれたものではあるが、「第一原因」から多少離れ、ある程度自然の実体を取り入れている様々な神格が住んでいる。ここにはまた「英雄たち」も住む。彼らは大地の子でありながら、超越的な功徳または業績を果したことによって、半神の状態にまで到達しているのである。

下位世界(三世界のうち最低であり、上の二世界のなかに含まれる)は、天使、神々、ダイモンの世界と呼ばれている。ここには「ある程度の知性を持った体、または量、天球を動かすもの、事物を生成消滅させる『監督』または守護者たちが住んでいる。このような存在が肉体の世話を任されているのである」(『ピュタゴラスの密儀について』を見よ)。一般に下位世界は物理的宇宙

もしくは自然の領域に相当し、可能的な霊の住み家である。もっと的確に言えば霊が可視性のなかに一時的に宿る小屋なのである。このような存在、つまり哲学者の言う「人類」に加えて、下位世界には「自然」の三つの低次世界を含んでいる。鉱物界、植物界、動物界である。また四大の霊や守護霊などもここに存在する。これがアリストテレスをして次のような注釈をつけさせた宇宙秩序の概略である。「ピュタゴラス派の人々は、万物全体は三によって区切られていると断言する。」

これら高度な異教世界の教義から、原始キリスト教会の教父たちは、宇宙(コスモス)の区分に関する理論体系を構成した。彼らは創造された世界は三つの部分から成っていると宣言する。その第一は天、第二は地上、第三は地獄である。ローマ法王の三重冠は、霊界、俗界、煉獄界を統べるローマ教会の至上権を意味している。この三区分は、オルフェウス教の宇宙論に由来する。初期のキリスト教徒にとって、霊界は三重の位相を持つ「神」の宮居する場所であった。俗界はもともと天使および聖人の住まう所であった。(聖人はギリシア人の「英雄」に当たる。死すべき不死者、不死なる死者を意味する。)俗界が人間の世界一般と見なされたのは後のことである。
煉獄界は本来「月下」の世界、つまり死すべきものの領域(古典哲学者の言うタルタロス)であったが、後に教会は肉体の死後の魂の状態または心境、つまり罪を償うところと定義した。このような教えを受けた人々が実感したのは、天と地上と地獄とは実は存在の質ないし条件であるということだった。それによって「一つの生命」は様々な局面を通じて自らを表現するのである。
このうち三つの重要な局面とは、「意識」、「叡知」、「力」である。この三者は「三つの証」であり、「一者」における「三位一体」、ヘルメスのエメラルド板 に言うところの「本質においては一、位相においては三」なるものである。「神」のこの三つの位相は、それゆえプルタルコスがエウクレイデスの第四十七公理の解明で見事に展開したあの三つの世界に当たる。「意識」によって諸点が確立される。「力」によって大地が深みから浮がび上がり、永遠の基礎が築かれる。「叡知」(ホメロスの鎖)によって天と地が結びつけられる。ぞれは「聖櫃」、「聖錨」、「羂索」である。
人間一般に当てはめれば、三つの世界は、人間を構成する三つの重要な区分、すなわち霊、魂(心)、体に相当する。肉体の構造から言うとこの三者は、三つの主要な体腔と類比関係を持つ。霊は胸部、魂(または心)は頭蓋、体は腹部である。ピラミッドの三つの主要な室、近代フリーメーソンにおいて、「入門徒弟」、「職人」、「親方」に与えられる三段階の象徴的な室も、これを意味する。この三つの体腔はさらにそれぞれ三つに分けられて、全部で九つの部分から成り、最後にオーラの卵と言う一つの大きな腔の中に閉じ込められていると考えられている。この九と一で完全な人間を表す「十」ができあがるのである。この体腔とその重要性について、エリファス・レヴィは『高等魔法』の中でこう示唆している。
「大世界のうちで存在するものは全て、小世界の中でも再生産される。それゆえわれわれは古典作家の体腔に応じた三つの流動的牽引と投射の中枢を持っている。すなわち脳と心臓、または上腹部と生殖器である。」それゆえ人間における「三神」は、この三つの体腔のなかに棲まってると考えられていた。ブラフマーは心臓、ヴィシュヌは脳、シヴァ(その象徴は男根(リンガム)は生殖器の中に存在する。この三神はそれぞれ三つの顕現、すなわち創造、保存、解体を表す。

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p83 第四章 大宇宙と小宇宙

 

「大宇宙」と小宇宙の教理を理解するためには、これらの言葉に本来の属性を取り戻すことが必要である。この二つの語はともに、元来、全体性を意味し、ライプニッツモナド論やレウキッポスとデモクリトスの原子論と一致する。「大宇宙」は巨大なモナドであり、小宇宙は、デザインは同じだが、量の少ない、より大きな生体に含まれている比較的小さなモナドである。「《大宇宙》」と《小宇宙》という名称は、必ずしも世界と人間を意味するのでなくて、むしろこのような二つの組織間の照応を表している。人は、宇宙と比較する時は小宇宙だが、人間自身の内なるある一つの器官と比較する時は大宇宙である。

ピュタゴラス派の説によれば、「全体」は、断片や破片という意味での部分から成るのではなくて、実はより小さな断片から成っており、より小さな「全体」は、それらが組み立てようと目論む、より大なる統一体であるが、場所からしてたまたま一器官の制約を帯び、他のいくつかの器官と一緒になってより大なる体という全体を組み立てることになる。このように、全ての原子はその内に全世界の特性、特徴を持つ一つの全体であり、砂粒の一つ一つが全て宇宙のイメージなのである。人間を小宇宙と称するとき、それは人間が単に世界の「部分」に過ぎないのではなくて、むしろ、他のいわゆる一切の「部分」同様、実は世界の小型模型なのだと推論されねばならない。これはピュタゴラス派の象徴的な正四面体(テトラへドロン)を研究するともう少し十分に分かる。

このピラミッド型の固体は、おのおの形の上で全体と同一である規定の数のより小さなブロックから作られたものと考えられよう。だから、一群の正四面体を組み合わせると、形の上では構成単位ブロックと同一の、より大きな形が生じるが、《正四面体》という名称がより小さなブロックに正しく適用されることは、そのブロックから成る大きい方の塊の場合と全く同じである。さらに、もし正六面体を八等分してより小さな正六面体にしたら、各ブロックは元と同じく確実に正六面体となろう。しかしながら、この過程では大きな正六面体が大宇宙、小さな正六面体はその内にある小宇宙である。それゆえ、大宇宙は小宇宙が集合して作り上げられ、全体は部分と、部分は全体と酷似し、相違は質より量にある。

この思想体系は、人間と世界が相関関係にあるとする古代人の主張を正当化するものだった。彼らにとってあらゆる形態は、類似物の連鎖だったからである。「は虫類は全て人間の小宇宙であり、人間は宇宙の小宇宙であり、地球は太陽系の、太陽系は宇宙の、宇宙は神の小宇宙だった。こうそて『神』のかたちのように人間は創られた──『神』のかたちのように男も女も神は創造した」(ゴットフリー・ヒギンズ『アナカリュプシス』)。
右のことからして、古代の哲学者たちが人体魂の内的動きを発見しようとあれほど精魂を傾けた理由が明白となる。彼らは、人体の部分をひとたび発見し、分類できてしまえば、生命の神秘全体を解くマスターキーを握ることになる、と固く信じていた。「全ては全ての内である」とは薔薇十字団のモットーであり、この教えに導かれて、彼らが極めて興味深い信念の中で行動したことは確実であり、その信念は、知恵は常に「全体性」を認識するが、無知は「部分」の外見に騙されるという命題を専らとするものだった。
『象徴哲学体系』から引用すれば、「アグリッパは、人間は典型的な小世界ゆえ、あらゆる数、量、重さ、運動および四大元素を含むと断言している。フリーメーソンの秘密の教義は、本来ディオニュシオス建築師団の教義同様、努めて小宇宙の部分や比例を測定したり、哲学的に評価したりすることによって得られる知識により、彼らの技術の最高目的──完全な人間の創造──が実現されるようにということに関心を持っているのである。」

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p187
脳の平均重量は、頭蓋骨を含まないで、男性の場合四十八オンス、女性の場合四十四オンスである。全ての神経系の重量の九十八パーセントを脳が占めている。
脳軟膜(ピア・マーテル)(脳と脊髄をちょうど、下着のように包む繊細な膜)は、哲学者の解剖学的な《アルカナ》〔奥義〕を解く明確な糸口を与える。現在一般に使われている大部分の科学用語は、より古い学問体系から取られたものであるが、しばしば本来の意味がほとんど理解されず、考慮されることもない。例えば《ピア》は《ピウス》の女性形であり、「神的な」あるいは「『神』に捧げた」という意味であり、《マーテル》は「母」である。従って《ピア・マーテル》は「聖母」、グノーシス派の「ソフィア・アカモト」であり、内部に「天-人」の胚を含んでいる。語源としての《マーテル》という語は、カバラ的に解釈すると、脳が神々の生まれる場所あるいは敬虔や敬神が座する場所であることを示している。カバリストが「天-人」を両性具有であるというとき、人間の内的組織および胚の初期の発生によって証明されることだけについて述べている。
かくして「聖母」(《ピア・マーテル》)の子宮内の胎児は天上の両性具有者であり、その各部分は脳と呼ばれる驚異の器官の各部に付けられた現代の用語においてもかすかにではあるが追跡される。第三脳室のすぐ後ろにあり、土星の支配を受けている四つの丸い隆起体である《四丘体》は、《臀部》と呼ばれる前部の一対と、《睾丸》と呼ばれる後部の一対に分割される。四丘体からそれほど遠くないところに、哺乳体──二つの完全な小乳房──がある。こうして脳は「上位の人間」の両性具有性を表し、松果腺と脳下垂体は、この天上の両性具有者の生殖器官である。ブラヴァツキー夫人は、松果腺は女性の子宮に、大脳脚は卵管に対応すると述べている。このゆえに、王であり祭司であり、男性であり女性であり、自らの父にも母にもなりうる古代のメルキゼデックのような人を持つことになる。ある象徴体系では、この脳人間は一人ではなく二人と考えられており、子宮のなかで双子のように相抱き合っている姿で描写される。このうち一人が男性であり、もう一人が女性である。彼らは双子(ジェミニ)であり、「天上の双子」、分離する前のアダム-イヴである。二人は中国人の陰と陽のように絡みついているが、白と黒の龍のように互いに咬み合っており、東洋人にとって「自然」のあらゆる分野における能動者と受動者を意味するものであった。
それゆえ脳は単一の器官としてではなく、全生体、小宇宙──全肉体の原型であり、肉体的器官に反映される全英知の座──として考える必要がある。バートンはそれを「心臓に対する枢密顧問官、大法官」と呼んでいる。
小さな胎児がその頭部で丸くなっている人間の精子を説明する奇妙な図版がある。この図(120頁を見よ)は、脊髄系と精子の間の外観上の照応を定めようとして描かれたのかもしれない。脳(脊髄を含む)は、形から見て精子に似ていないわけではないからである。精子の頭部で丸くなっている人物は、後で述べる脳人間を想起させる。脳の解剖学的な構造と、その各部に付けられた名前には、神秘学的な意味に関するあるヒントが含まれている。形は力の表れであり、それを産み出す衝動の目的に沿って形成される。
かくして延髄(《メデュラ・オブロンガタ》)は、古い著作家を参照すれば見いだされるように、フリーメーソン的に大変示唆に富む言葉である。《メデュラ》の古い意味の一つは「髄」であり、「骨あるいは頭蓋の中の髄」はフランスの伝統において特に興味のあるものである。実際にそれは「殺害した者を隠す場所」であるからである。
《メデュラ》はまた、精髄、要約、大要、錬金術師の完成、「キリスト教密儀」の「コト終ワレリ」を意味する。《メデュラ》の各部が解剖学者によって、前《ピラミッド》、後《ピラミッド》、《オリーヴ》体、索状体などという風変わりな名称で区別されているのを知るとき、この分野の研究がいかに豊かなものかは容易に理解される。つまり、魂が「ピラミッド」の密儀を経験するのは《メデュラ》のなかにおいてである。ここにはまた、オリーヴ山があり、そこから油が絞られることに加えて、聖書への言及がある点でも意義なしとしない。
《索状》という語は「紐状」を意味する。キリストが紐で縛られたのはオリーヴ山においてであり、「結び目」が解かれるのは「カドシュ」の葬祭の説教においてである。脳全体がこのような方法で扱われなければならない。そのような分析こそ人間の神性の研究には不可欠だからである。

 

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p218
フォン・ハマーは、三つの顔を持ち、その体が目、耳、惑星の象徴で覆われたバフォメットの偶像について説明している。その像は蛇に巻かれ、歪んで醜い姿勢で立っている。フォン・ハマーは、それが聖堂騎士団によって崇拝されたとされる「古老」と同じであるとした。

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p231 第十二章 血液、宇宙のプロテウス

人間の血は、不透明な濃い液体であり、動脈血は鮮紅色あるいは深紅色であり、動脈血は暗赤色あるいは紫色である。顕微鏡で調べてみると、血は澄んだ液体に浮かぶ多くの小体つまり血球から成ることが理解される。血球には、色のあるものと無いものの二種類あり、血球の浮かんでいる液体は、血漿リクオル・サンギニス)と呼ばれる。クラインによると、量的に優勢を占めているのは赤血球であり、白血球との数比は1200対1にもなる。顕微鏡で調べると、色のある血球つまり赤血球は円盤状であり、中央部がわずかにくぼんでいる。その大きさはまちまちであるが、平均直径は1インチの3200分の1である。白血球は赤血球よりやや大きく、直径はおよそ1インチの2000分の1である。全くの休止状態では、血球は回転楕円面状であるが、動くときには擬足を出す。白血球は、真の動物細胞の典型的なものである。それは内部を限定する膜を持たず、一個あるいは数個の核を含む原形質と呼ばれる、透明な蛋白質の塊から成る。「血は、空気ポンプの真空状態にさらされると、そのおよそ半分の量がガスの形で出てしまう」──炭酸、窒素および酸素として(グレイの『解剖学』を見よ)。
ラテン語の《サンギス》には、血という意味の他に、家族、人種、血統、家柄、親類という意味もある。《サンギス・バッキウス》つまり「バッコスの血」は酒を意味する。異教とキリスト教の聖餐の起源がここにあるといえるかもしれない。《エウカリスティア》──パンと葡萄酒の聖餐式──は、全ての古代宗教儀礼の中で最も普遍的なものであると、ヒギンスは確信した。EucharistiaをEuCaRiSTiaに分けることにより、彼はそこから「善神ケレースCeres」という語義を引き出している。ヒギンスは次に、葡萄の房が知恵や知識の象徴──「知る知識が隠された『ヴェーダ』の実」と説明している。それゆえこれが、肉と血の儀式、グノーシス派と原始キリスト教会の聖餐式の起源である。「そして、暗にこれを指して、イエスは次のように言っている。『私は神の国で新しくそれを飲む日まで、葡萄の実から作ったものを飲むことはない。』その意味は私たちが来たるべき世において、父の王国で新しい生命のもとで出会い、永遠の父と再び一緒になり、《ト・オン》に吸収されるまでは……私はこれ以上あなた方に教えることもなく、あなた方と共に知恵を求めることもなく、神の神秘にあなた方を導くこともない、というものである」(『アナカリュプシス』を見よ)。この類比をさらに進めていくこともできる。自らを「葡萄の木」と呼び、「最後の晩餐」の杯には自分の血が入っているとしたイエスは、ベツレヘムに生まれたが、ベツレヘムは語源的に《ベト・ラメト》つまり「パンの家」を意味する。
物質的肉体と霊的肉体を支えるものであり、パンは肉体、葡萄酒は魂に対応する。
プルタルコスによると、ヘリオポリスの太陽の祭司たちは酒を神殿に持ち込むことはなかった。神事を行う人々が、神の直接の監督下にある間に酒を飲むことはふさわしくないと考えていたからである。ヘカタイオスによると、自ら聖職者階級に属していた王たちでさえ、聖典に定められた量の酒が与えられるだけであり、しかもそれは後代において認められたのである。帝国の初期において王たちは決して酒を飲むことはなかったが、時々は、祭壇にそそいで神の献酒として利用した。

その場合酒は、以前自分達と戦った血を意味していた。「大地が『神々』との戦いで倒れた者の死体で肥沃になった後、大地から最初に生じたのが葡萄の木と見なされているからである。葡萄の果汁を大量に飲むと人々は狂ったようになり、我を忘れ、ちょうど自分たちの祖先の血で満たされるようになるのはこのためである、と彼らは言う。このことは、エウドクソスの『地理誌』第二巻に、祭司たち自身から彼が聞いたままの形で述べられている」(『イシスとオシリス』を見よ)。
血液の循環に対してグノーシス派が持っていた知識に関連して、G・R・S・ミードは次のように書いている。
「人体には《少なくとも》二本の『木』つまり神経系と血管系がある。神経系はその木を脳に、血管系はその根を心臓に持っている。幹と枝には、
それぞれ『神経のエーテル』と『生命』の流れがある」(『魔術師シモン』を見よ)。一方、H・P・ブラヴァツキーはこう述べている。「『神経の木々』について言えば、全ての薬の源泉であるゴカルドは大地から生じるとされ、『復活の際に人間に不死を与える』白ハオマは、『大洋、つまり広い岸辺を持つ海とされている』この大洋は、秘教的には『空間』を意味する。この点について、次のように付け加えることもできよう。一方が大地にその根を張り、他方はその根を天に張り、この双生の木は、互いに他を反映するものであって、ともに全ての人間の内部にある。このようなことから、多分、迷信は必ずしもそれほど不合理なものではないことが理解される。『植物の中の水あるいは樹液は、大地の水のように循環する。あるいは義人の祝福の言葉のように自らに戻ってくる』からである。『血』は同じ法則に支配されるため、ゾロアスター教の密儀参入者は、『血の循環』と、それ以上に重要な循環とカルマの法則の両方を知っていたことになる」(『ルシフェルを見よ』)。

しばらくの間、神秘家たちは血が液体というより蒸気であると主張していた。ファン・ヘルモントに遡るこの意見は、十分に科学によって支持されるものではない。ヘルモントは無条件に、「われわれの生命の動脈霊は、その性状において気体である」と述べている。彼はさらに、この動脈霊が、動脈血に起源を持つ生命気であり、塩辛い蒸気であると説明している。ブルワー・リットン卿の作中人物マーグレイヴは、「中世の医師たちは、大変な発見者であった」と言っている(『不思議な話』を見よ)。ここには、一見して理解される以上のものが含まれている。古代の予言者は「血の中に生命がある」と公言しており、この「最も特殊な精(エキス)」(ゲーテ)は実際には、ファン・ヘルモントの言葉を借りれば、小宇宙の鏡である。血がその沈殿物あるいは化身である生命素は、魂の理性的な面というより、魂の生命作用を表すものと理解されるべきである。
バートンは次のように述べている。「霊は大変精妙な蒸気である。それは、血から抽出され、魂の道具となり、その全ての行動の原動力となる。ある人々が考えるように、第四の魂である。メランヒトンは、この霊の源泉が心臓であり、霊はそこで生まれると考えている。その後脳に運ばれると、霊は別の性質を帯びる。脳、心臓、肝臓という三つの主要器官に応じて、三種類の霊、つまり自然霊、生命霊、動物霊がある。自然霊は肝臓から生まれ、そこから静脈を通って拡散し、自然な行動を起こさせる。生命霊は心臓において、自然霊から造られ、動脈を通って他の各部へと運ばれる。これらの霊が動きをやめると、卒倒や気絶する時のように、生命も動きをやめる。生命霊から造られる動物霊は、脳に運ばれ、神経によって下位の器官に拡散され、感覚と運動をそのすべての器官に与える」(『憂鬱の解剖』を見よ)。

ここでしばらく《ネフェシュ》という言葉について考えてみよう。『聖書』では曖昧に使用される用語であり、普通生命の息を意味するが、カバリストの文献ではより明確に定義されている。『ゾハール』からわれわれは混成の魂としての人間がその性質を四つの世界から得ていることを知る。最高の圏(アツィルト)から、霊的原動力、第二圏(ブリアー)から理性、第三圏(イェツィラー)から情緒、最も下に位置する第四圏(アッシャー)からネフェシュ──物質的存在の本質──が得られる。ネフェシュ──息であり、脈でもある──は、心臓腔にある煙状の蒸気と説明される生命媒体の中にとどまり、そこから全身へと拡散されていく。「この生命媒体はネフェシュの住処であるから、それはネフェシュによく似たものに違いない。」つまり、それを通じて拡散されるためには、その性質が十分に似たものでなければならないのである。ネフェシュが身体の各部に配分されるためには、「生命媒体が拡張され、引き伸ばされて、人間の姿に似たものとなる必要がある」。ネフェシュつまり息は稀薄であるので、その媒体もまた希薄でなければならない。この希薄な媒体は、「鼓動する生命の動脈である心臓の動脈に保留されている」血である。それゆえ、動脈はこの肉体の庭の灌漑をすることになる。生命媒体は死ぬまで人間にとどまるが、それによって運ばれるネフェシュつまり息は、眠っている間に抜け出て、「『創造主』(自我)の前で報告をするために」運び去られる。生命媒体(血)が、「人間の組織を維持している」。血が息を運ぶものであるように、息は運動を、運動は思考を、思考は「映像」(命)を運ぶものである(『ゾハール』の「霊魂論」を見よ)。それゆえカバラ的に言うと、血は息を浮かべて運ぶ電流液であり、この場合生命を与える原動力を意味する。心臓は必ずしも血の物質的な循環の源泉ではないという新しい理論は論証することができない。というのは、血は自らから──つまりエロヒムの息であるネフェシュから──生じるその生命と運動を持つからである。

ルシフェル》という言葉は、ラテン語の《ルクス》と《フェルレ》を合わせたものであり、「光を持ち運ぶもの」を意味する。それはまた「密儀」の血の名称である。ルシフェルの焔(ほのお)の服もまた、その色をこの不思議な液体から得ている。この場合光はネフェシュつまり息と同じ意味である。つまりそれは、動脈系を通じて、力の波となって鼓動する輝く動作主である。

「血とアダムは同義である」とジェラルド・マッセイは述べている。彼はそこでこの主題に関する詳しい議論を展開する。特に「血の魂」はエジプト人の最も深い神秘のひとつであり、エジプトにおいて神々の降下は血という母を通じてなされた、と彼は書いている。第七の、つまり最高の魂が血の魂である。その秘密は赤土から生まれたアダム、赤い造物主アートゥム、赤い若牝牛イシス、赤い顔の子牛ホルス、血の鳥禿鷹であるネイト、自分の胸の血で七羽の雛を養うペリカンなどの象徴に隠されている(『古代エジプト、世界の光』を見よ)。 
>  血は魔術の最も強力な作用物質である。パラケルススが書いているように、人は血の香気によって望みの霊を呼び出すことができるからである。血から流出し発散するものを利用して、肉体の無い実在が、本物ではないにしても目に見える肉体をとって姿を表すことができる。血を所有するものは、その血の持ち主を支配する。この理由から降霊術師は、この神聖な液体で契約書に署名をし、地獄の儀式の実践にそれを使用した。 
血の神秘には七つある。この精妙な液体は、今のところ科学には部分的にしか知られていない。七つの明確な作用物質から成っているからである。そのいずれもが、魔術の強力な道具である。「ホメロスオデュッセウスに、犠牲の動物の生き血を死者に捧げることで、死者の亡霊を呼び出させている。『すると深淵より、その渇きを和らげようと、死者の霊たちが群れをなして現れた』(『オデュッセイア』)。死んだ友人の墓に薔薇の花をまくというのも同じような考えによる。セルヴィウスが説明しているように、赤い花の色は血を表し、生きた犠牲の代わりとして使われるためである」(キング)。 

ブラヴァツキー夫人の記録による次のような血の説明に、他の出典から得た注釈を組み入れるとこのようになる。「生命、プラーナが肉体を循環するのは血によってである。それは、われわれの内にある生命原理であり、プラーナというよりプラーナ的である。それは、この領域にあって普遍的な、プラーナの浸透するカーマと密接な関係がある。〔プラーナの浸透するカーマは、生命力の浸透する欲望──つまり、太陽の力あるいは生命力によって受胎した武勇の力──を意味する。〕カーマが血を去ると、それは凍ってしまう。そのため血はカーマ・ルーパ、ある意味で『カーマの形相』と見なされる。〔つまり、欲望の媒体、動物的性質である。カーマ・ルーパは動物魂である。〕カーマは血の原質であり、赤血球は電流液の雫であり、汗はすべての細胞と種々の器官から電気作用によってにじみ出るものである。それらはフォハトの原理の子孫である。〔フォハトは、思考力学特に電気が両極に示す親近性を通じて明らかにされる。〕脾臓は白血球を造っているのではない。よく言われるようにそれは実際にはエーテル体ダブルの媒体だからである。白血球──肉体において異物を食べ、それを除去するもの──は、リンガ・シャリーラ(エーテル体)から滲み出て、それ自身と同じ本質を持つものである。脾臓から出てくるのだが、それは脾臓が白血球を造っているためではなく、脾臓の中で小さくなっているエーテル体ダブルから白血球が滲み出てくるためである。それは、タハヤ〔アストラル像〕の汗から生まれてくる。血はこうしてカーマ、プラーナ、リンガ・シャリーラの物質的媒体として機能する。学習者は、動物体の中でなぜ血が大きな役割を果たしているかを理解するだろう。〔熱はカーマから得られ、揮発性の元素は太陽から得られ、凝結する性質はリンガ・シャリーラ──つまり月──から得られる。〕脾臓から──プラーナから生じる生命元素、プラーナ的元素の媒体として機能するリンガ・シャリーラの血球、人体を造りそして滅ぼす破壊者などで豊かになって──血は全身をめぐり、プラーナの媒体を分配する。赤血球は肉体のフォハトの力を示し、カーマとプラーナと密接な関係がある。血の原質そのものはカーマであり、肉体の全ての部分に存在する。」〔カーマは、超物質的な意味において、さらにその破壊的な面においても火である。このため、カーマは静められなければならない。さもないと肉体はカーマによって焼き尽くされてしまうと、秘教の書物はわれわれに教えている。〕

科学にとって、血は「肉体の全ての組織に養分を与える液状の媒体である」(カークの『生物学の手引き』を見よ)、物質主義的な学問は、血が液体状の生命であると認めるだけである。しかし、血が単に養分を与えるだけではなくそれ以上の働きをしていることは、まず明白なことである。『血統論』でヘッケルは、形態をカテゴリーで分類する際、これらのカテゴリーの要素の真の関係は、形態よりむしろ血の関係であると結論している。言い換えるば、科学が生命の流れあるいは系統を図式化する時、結局その配置は多くの枝を持つ木のような形になる。この木は明らかにまた紛れもなく動脈の木である──つまり、木は血の配分の象徴として使われているのである。これは『ゾハール』と完全に一致する。『ゾハール』は、マクロプロソフォス(大きな顔)が、「自然」の全表面に巻きひげを拡げる葡萄の木の形に、人間を造った過程を説明している。『ナザレ古写本』では、「生命の神」ヤヴァール・ズィウォは「最初の葡萄の木」と呼ばれる。地上の民族のみならず種をも意味する七つの葡萄の木の起源は彼である。ジェラルド・マッセイが、アダムは人間の血であると述べる時、彼は事実を曲げているわけではない。アダムはそれ以上のものであり、人間の原型であり、実際に人間に流れ込んでいるのである。彼から「肋骨」(《レーベ》つまり「葡萄の木」)が取り出された。言い換えれば、アダムから諸民族が分かれた。人が人類となったのである。分割はアダムの内部で起きたが、彼は分割されたのではなく、むしろ子孫を通じて拡散されたと理解される。したがってアダムは、父として息子たちの中に生きていると言えよう。これが、人類の最古の宗教である祖先崇拝を解く鍵である。血の歴史は人間の歴史である。血は、特別のそして民族の連続性の媒体である。現象的に見ると、進化とは、肉体を通じての血の「上昇」あるいは「前進」運動である。血の意識は、自然の救済者という科学理論の基礎にある科学的な前提である。

古代エジプト、世界の光』には、われわれの問題に明らかに関連するいくつかの言及が見られる。古代の説明によると、人間は先行するある人種の死体から造られ、神々の血で生命が与えられている。「地上に人間がいなくなった時、下位の神々が至高の神々の助力を得て創造つまり再出発の作業をした。彼らは先行する人種の死体を集めるように教えられ、それが《神々の血》によって生命を持つことになった。」伝承は次にアートゥムつまりアダムに対応する創造神がどのように墓地から一本の骨を引き出し、神々かそれに自らの体からとった血を注いだかたについて説明している。ゼウスにも同様の話がある。彼はタイタン族の灰とバッコスの血から人類を造った。「救いの血」という信仰は実に古いものである。寓喩のヴェールを剥ぎ取ってみると、エジプトの神話は、大地に血のない「創造物が存在した」原始の状態を述べているのが分かる。これが『秘密教義』で言及される「過去の冷血動物」──原始の動物ぇある。「カーマ・ルーパは結局分解して、動物に入る。赤い血を持つ動物は人間から生じる。冷血動物は、過去の物質から生じる。」墓地は古い秩序の終末期、古代世界の終焉を示している。ここから骨(形)が得られたのである。惑星は神々の骨だからである。血の雫はカーマ・ルーパの生命であり、冷血動物において生じた熱と欲望の原動力である。それは血の種子であり、意識への道を準備し、神々の媒体(ヴァハン)であった。これら全てのことは、胎生学の神秘に明らかに示されている。血とともに、動物魂そして自己の最初の胎動が生じた。ルドルフ・シュタイナー博士は次のように書いている。「血とそれに付随する全ての血管系が形成される基礎は、胎児の発育のかなり後期に現れる。この事実から、自然科学は血の形成が宇宙の進化の後期になされたと正しく結論を出した。……胎児がそれ自体で人間の成長の初期の段階を繰り返し、血が形成される以前の世界の状態に達して初めて、この進化の最後を飾る行動──過去に起きた全てのものが変成し、向上して、われわれが血と呼んでいる『特別な液体』になること──の準備がなされる。」
人間の意識は血を通じて解放される──つまり血の行動のために肉体の構造が修正される。この修正によって鈍化され、魂からの精妙な衝動を表現するためのより大きな機会を与える。ハーバード・スペンサーが論証したように、意識は単純なものから複雑なものヘと動く。人間は意識の焦点を遺伝から環境へ──内的知覚から外的知覚へ──と移した。その最初の血の意識は全く主観的なものであった──つまり、血は人間のなかで生きていた。徐々にこれが変化して、現在人間は血のなかに生きている。最初の状態は今では潜在意識状態、第二の存在は意識存在と呼ばれる。最初の人類は、透視と霊媒の両方の性質を合わせた潜在意識を持っていた。現在生き残っているほとんど全ての原住民は、元素霊を拝し、死者と生者の境界を自覚している。アトランティスは、「巨大な龍」と呼ばれる目に見えない王に支配されていたと言われていた。交感神経系は脳脊髄神経系よりはるかに古いものであり、古代の意識──つまり血の記録──の器官であった。人間が個別化されて現在の知的孤立に陥るずっと以前に、種族と民族への自然な分化があった。この種族と民族は共通意識の容器であり、それぞれが独自の血の記録を持ち、その記録の中に生き、動き、存在した。

そのような種類の意識を正しく評価することは困難であるが、「潜在意識の心」という全く誤った言葉はのもとにわれわれに伝えられている。あなた自身を自分の祖先と切り離すことは全く不可能である──つまり、あなたの中に父がおり、父の中にそのまた父がいる──ことを考えてみられたい。あなたの記憶は祖先たちによって得られたそべての知識を含んでいる。あなたは、民族の衝動を達成するための環境的な機会を与える場に過ぎない。あなたは常に過去の夢の中に生き、過去の夢はあなたのなかで進行し、実現していくであろう。従ってあなたと民族の他の人々との間に、はっきりとした境界を設けることはできない。もちろん真のオカルト的な知覚で見れば、祖先が実際にはその子孫たちの中に生きてはいないことは明白である。霊的な実体として一人の人間が実際に他の人間の中に生きることはできないからである。生き続けるのは、その人の記憶であり、映像であり、目的である──血によって運ばれる映像なのだ。この回転画は映画のきらめく影のように進み、人自身はこの映像を見て、それが現実のものではないと思うことも、画像から自分の意識を切り離すこともできないだろう。民族間の結婚は知られていなかったので、この映像から抜け出ることも、新しい映像が導入されることもなかった。このことは古代の民族が持っていた透視能力を説明し、またそれぞれの文明の初期に神話時代があった理由にもなる。それぞれの民族は、その血の流れを通じて、超物質的で主観的な現象についての記録をもつ。寓話の時代を構成するのはこの記憶である。初めに、神々、半神、英雄、族長がいた。彼らは決して忘れられることなく血の記録──無意識の心──に閉じ込められている。それは、自ら心理学者と呼んでいる狂った帽子屋たちが、なかなか解きほぐすことのできない衝動のもつれである。
家系や種族間の結婚が、祖先の血の記録を破壊する時、環境が遺伝を越えて優勢となる。「論理的思考の誕生、知性の誕生は、異族結婚が始まるのと同時であった」とシュタイナー博士は書いている。問題全体について彼はさらに次のように結論している。「純潔な血の中に祖先の生命力が表現され、混じり合った血の中に個人的経験の力が表現される」(『血のオカルト的意味』を見よ)。脳脊髄神経系は人間における個人的な反応の座であり、外界との接触のための媒体でもある。力点が外的なものに移ると、祖先の記憶は意識的な自覚から消え、何らかの手段で大脳系が一時的に停止する時にのみ姿を現わす。夢は祖先の意識の断片であるかもしれない。夢の生じる領域は確かに、かつて祖先の衝動を運ぶものであったのと同じ交感神経の力の支配下にある。現代人の血は、多くの祖先の血統を含んで混じり合っているため、現代人の心は世界市民的な性質をもつことになった。血の流れの幻影への束縛から解放されると、思考は、現象世界から得られる知識を消化しようとする。しかし、必ずしも血が影響力を失ったということになるわけではない。現状において──つまり、祖先の影響力から解放されて──血は新しい科学的性質を持ち、自我の衝動の適切な媒体である。血は《自己》表現の道具となり、それ自体で精妙な本体の内部に、知的な精神の言葉を持つのである。血がかつては過去を明らかにしたように、今では未来を予告する。血の内部に人間の未来を決定する振動や原型が組み込まれている。血は現在では、外的な現象が内部に運ばれて意識に同化し、次に意識が外に流れて個人の活動を決定したり命令したりする、その媒体である。交感神経索──祖先の記憶の糸──もまた明確な道具として発展し、最終的には意識のお気に入りの道具となろう。内的つまり魂の刺激は、交感神経系を通じて生じる。かつては人間を縛っていた魂の神経節が究極的には人間を解放する。人間は最初に潜在意識の統一性から半意識の多様性に進み、次に同じ半意識の多様性から意識の統一性へと進む。

われわれはここで、血の不思議な役割を認め、この液体を変えて自分達の目的に使っていた古代の「密儀」のいくつかについて解釈をしてみる。古代の多くの奥義を維持している団体、近代フリーメーソンを考えていただきたい。ジェラルド・マッセイは次のように書いている。「メーソンという名称の語源が、エジプトの《セン》(息子)に由来し、血とか兄弟関係を意味する。……《マー》-《セン》(メーソン)は真の兄弟関係を示し、センが息子をも意味するため、血縁の兄弟のような真の兄弟関係が神秘的、オカルト的な意味でのメーソンとなる。赤は、擬人化された『真理』《マー》の色であり、《セン》は血である。」メーソン友愛団の会員は時々、「神秘的な絆の兄弟」と呼ばれる。この絆とは何か、答えはエジプト語に見い出だされる。テト-タイは現在では一般に帯留めであったと推定されているが、それはイシスの血すなわち寡婦の血の古代的象徴であった。それゆえ神秘の絆とは血の絆──血の魂の絆、コンパスの先で突いて出る血──である。血の兄弟の儀式において、最も神聖な元素を混ぜ合わせることにより、血の魂は相通じ合い、それを持つ全ての者は一人の人間とされた。つまり彼らは一つの魂──なかんずく血の魂──を持っていた。自分の血の兄弟を辱しめる者は、自分自身、自分の魂、祖先を辱しめることになった。これが古代の信仰である。

「密儀」において血の絆は、知識を伝える方法として使用された。語り得ない知恵、発音されない言葉、伝えることができず、「語られると消え去ってしまう」他の秘密は、血に託された『金枝篇』でフレイザーは、英雄的な戦士の血を飲んで力を得るという、食人種たちの原始的儀式を説明している。エジプトとギリシャは聖職者は血の浄めを行った。つまり、血の混合の儀式を行っていた。それぞれの人胸に小さな切り傷をつくり、しばらくの間傷口を合わせて、血が流れ合うようにした。その結果、死に至るまで続く交感的な契約が成立した。それぞれが内部に相手の「魂」の一部を持つことになったからである。精神感応的な伝達、観念の精神による交換、遠距離での伝達に必要な条件がこうして確立した。真の使徒継承は血の継承、つまり血を通じての目的や観念の永続化である。初期のキリスト教儀礼で、キリストは血の契約を──象徴的には「最後の晩餐」の葡萄酒を通じて、実際にはローマの百人隊の隊長ロンギノスによって受けた傷によって──行ったと説明されている。この過程によって使徒たちは、血の継承──祖先の記録──を受けたと推定される。キリストの血が彼らの中にあるため、キリストは彼らのなかで生きていた。彼らはこれを、受けるに相応しい者──つまり「兄妹のひとりとなる」者、血の封印を受ける者──に伝えた。この場面を解く真の鍵として古い儀式を受け入れるならば、キリストの血を受けた者のみがキリスト教徒である。このことは、聖餐式という聖礼において象徴的に述べられている。そこでキリストの肉と血が信者に再分配される。血統はまた現世の君主制の基礎として認められている。最初の神のような、あるいは半神の支配者は、合法的な子孫の中に生き続け、こうして王の「神権」を維持することになった。 

潜在意識の心が祖先の血の記録の一面とみなされ、交感神経索の糸を動かして脳中枢に消極的な刺激を引き起こすとすると、心理学の研究の領域における多くの異なる疑問点への解答が見い出だされることになる。血によって運ばれる映像意識のうち四つの局面を区別することができる。(一)挫折した祖先の連続性。「挫折した」というのは、民族の血の混合によってそれが万華鏡のように不完全な映像の集合に分解したからである。この映像は、睡眠中の無意味で、急に現れたり起こったりする幻影として客観的に自覚される。(二)エーテルの息・血の記録。つまり個人の自己意識への同化に向かう最初の段階として、血の中に写された直接的な精神的、情緒的、物質的環境である。この血の刻印のうちより鮮やかなもののいくつかが、睡眠中に交感神経系に当たり、近い過去、あるいは遠い過去の出来事をもう一度思い起こす類いの夢を生むのである。血の記録は人間の道徳的、美的な態度と性質の忠実な映像を含んでいるため、またそのようなものが睡眠中に意識の心の領域から抜け出るため、明らかに血はフロイトユングの実践した研究の対象ともなるのである。(三)観念は本来、幾何学的な象徴あるいは図形であり、チベット人はこれを《マンダラ》──輪あるいは原型──と呼んでいる。いくつかの場合、血の記録は幾何学的あるいはその他の象徴的形態で脳中枢に消極的に刻み込まれる。この形態はありふれた「思考の外観」を装い、表面的なもの以上の意味を持つ夢の無言劇(パントマイム)を演じる。(四)血の記録の持つ透視と予言の相もまた注目に値する。血のなかの生命力の繊細な性質のため、他の人々の精神的、情緒的な振動に呼応することができ、時々不思議にも近くや遠くにいる人々の考えや衝動を知ることになる。このことは、強い共感あるいは反感がある場合特に真実である。血はその内部に、部分的に発達した未来の原型を持っており、「自然」が外界に組み立てている原型と《一致している》ので、ある情感のもとで人は、善悪いずれかの差し迫った変化を強く予測することができる。輸血を受けた人がしばらくの間、輸血した人の生涯における挿話をぼんやりと記憶している事例が記録に残っている。これは十分に興味をそそるものであり、主観的精神の領域における主要な再発見となるであろう。

全ての聖典の基礎にある理論と一致して、『聖書』──『旧約聖書』と『新約聖書』──は、解剖学的、生理学的な解釈をすることができる。『聖書』の伝承について考えられうる化学的な重要性を強調することは不適当なことではない。人体は明らかに「神」の神殿であり、「聖都」である。血の神秘について若干理解したのでわれわれは今、『黙示録』に「聖都」(混成の人間)は昼に太陽に照らされることなく、夜に月に照らされることなく、「主」(「子羊」)の光──血の光、ネフェシュ、魂の内なる光──に照らされると書かれているとき、それが何を意味するかを理解することができる。それによって錬金術師の「太陽の力」の神秘を理解することのできるイエスの奇蹟を論じながら、ジョージ・ケアリ博士は、《ガリラヤ》という言葉の本来の意味は「水つまり液体の輪──循環系」であったと説明している。同じように《カナ》という言葉は、「分割の場、肺あるいは葦、肺の組織と細胞」を意味する。それゆえこの生化学者にとって、イエスの(つまり神的人間の)最初の奇蹟は、カナの結婚の祝宴において水を酒に変えることであった。このことは古い神秘のもう一つの解釈となる。自我の最初の義務は「血の創造」であったからである。言い換えれば、初期の創造の冷たい液体を、超越的な衝動を運ぶ温かい水に変えること、である。
残念ながらここでわれわれは、『コーデクス・マギアエ』の血の神秘に関連する部から目を転じなければならない。古い伝承の頁を閉じるとき、われわれの眼は最後の降霊術師アルフォンス・ルイ・コンスタン師(エリファス・レヴィ)の言葉をとらえる。「血は、宇宙的な液体の最初の化身であり、物質化された《生命の光》である。その誕生は自然の全ての驚異の中で最も際立ったものである。それは絶えず自らの力を変えることによってのみ生きる。血は宇宙的なプロテウスだからである。血は、以前生存していなかった諸原動力から生まれ、肉、骨、髪、爪…涙、汗となる。血は腐敗とも死とも結び付かない。生命力が去ると、血は解体し始める。血球の新しい磁力によって血に生命を吹き込み、蘇生させる方法がわかれば、生命は再び血に戻ってくる。その二重の運動を持つ宇宙的な物質は、存在の大奥義である。血は生命の大奥義である。」

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p249 第十三章 脊柱と世界木

脊柱は三十三の節もしくは椎骨(ウェルテブラ)(「回る(ウェルテレ)」という意味の語源より)からなる柔軟な柱である。その椎骨は、五つの群に分けられ、それらの占める位置の名前がついている。すなわち、(一)《頸椎》七個(二)《胸椎》十二個(各肋骨に一個)、(三)《腰椎》五個、(四)《仙骨》(五節あって成人では結合して一本の骨となる)、(五)《尾骨》(小さな四節の骨で、脊柱でもっとも退化した器官)である。椎骨は、「互いに積み重なり合って、頭蓋と胴を支えるしっかりとした柱となる」と説明されており、脊柱全体は中空の円柱と考えてよく、その主目的の一つは、脊髄を保護することである。この梯子のような骨は、古代人の宗教的象徴体系にあって非常に重要な役割を演じ、よく螺旋状の道路とか階段(狭く細い通路)、時には蛇、さらに魔法の杖や王笏として言及されている。「撥弦楽器ヴィーナやハープの背骨のように、胴にそって人間の頭まで延びている多数の関節のついた長い道のような骨は脊柱(メル・ダンダ)と呼ばれる」(『ウッタラ・ギーター』を見よ)。数三十三は大いに意味がある。それというのもダヴィデはエルサレムで三十三年間君臨し、キリストの生涯は三十三年間だったし、三十三階級はフリーメーソン儀礼で認められ、三十三はフランシス・ベーコン卿の暗号のサインだったからである。
エジプト人のタットの柱はプタハ神の背骨、後にオシリスの背骨になったと述べて、ジェラルド・マッセイはこう言っている。「背骨は、棒の比喩であって、時にはストの背骨、またときにはアヌプやプタハ、オシリスの背骨である。──背骨は力を維持する自然な典型だからである。『魔法のパピルス』ではこの比喩は、ネムマたるプタハの長い背骨と呼ばれている。『おお、偉大な顔の、背骨の長い、脚の不格好なネムマよ。おお、上下(両)天界で始まる長い柱。おお、アンヌで安らぐ巨大な体の主よ。』アンヌとは、柱や棒の場所のことで、今はアメンタで二重にされている(『魔法のパピルス』)(『古代エジプト、世界の光』を見よ。)
「アメンタで二重にされている」タットとは、人類の来るべき第六の根本民族が有する二重の脊柱のことではないのか。その民族については、交感神経節が環状となり、第二の脊柱を形成し、これが結局第一の脊柱と合同して、肉体の究極的な型を生むと書かれている。ここに二重棒、一つの体内の二本柱の神秘がある。
カバリストによれば、アダムとイヴは背を合わせて作られていた──脊柱が一本の二人の人間である。彼らはデーミウルゴスの意思により分離されたが、完全な体作りの際に、二本の柱が融合して脳脊髄神経と交感神経とが究極的に結合すれば、この神秘は達成されるであろう。
双頭のフェニックスはこの達成の象徴であるが、錬金術師の二面の王が表すものと同じである。

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p282
フォン・ウェリングは、霊的太陽が「父なる神」、知的(もしくは魂的な)太陽が「贖罪者クリストス」、物質的(もしくは肉体的)太陽がルシフェルを表し、ルシフェルは天から墜落し、奈落で王国を築き、今は、彼の火を包む四大元素からなる体の内に「閉じ込められている」とした。

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p300
人類の太古の生存競争を胎児期を通して再演したばかりの嬰児は、頭頂部に極めて敏感な部分を持っている。そこでは頭蓋骨がまだ閉じていないのである。稀にこの隙間が全く閉じないこともあるが、七歳から九歳の間にこの縫合線が縫い合わされるのが普通である。幼児は、頭部の第三の眼の上にある。この部分が極めて敏感で、誰でも一種の透視能力を持っている。少なくとも神経過敏症的微候を持つ。子供はまだ不可視の世界に生きることが多い。肉体の生理機構がまだ不完全なため、充分働いていない間、子供はあの不可視の世界で行われる影のようなものをもっている。
胎児期に子供は松果腺という開かれた門を通して完全にその世界と結びついていたのである。ラテン人がエゴと呼ぶ高次の知性が肉体の成長とともに次第に衰えてゆき、やがて、この天への門は閉ざされてしまう。こうして人間が肉体へ入り込むことは、松果腺の中で形成される「魂の結晶(アケルウルス・ケレブリ)」という神秘的な関わりを結んでいるのである。
前に述べた「世界木」というスカンディナヴィアの密儀伝説のなかに第三の眼の秘密が非常に美しく語られている。エッダ伝承の語るところによれば、「ユグドラシルの木」の一番上の小枝に一羽の鷲が宇宙を睥睨して止まっている。さらにその鷲の頭の上、両目の真ん中に一羽の鷹がいる。一般に鷹は風の元素を意味すると考えられてきた。そして鷹は宇宙のエーテルである。だがエジプト人にとって鷹はあの奇妙なホルスの目であったこと、そしてその単眼が疑いもなくホルスの密儀を受けた者にとって松果腺を表すことを思い起こすと、この奇妙な図が新しい重要性を帯びてくる。
前世紀のある博学なカバリストの明らかにするところによれば、『ゾハール』の研究や「生命の木」のセフィロト「コクマー」と「ビナー」は、その両側におかれていることから右脳と左脳であったという。ヘブライ語の聖書には間接的に松果腺を語っているのだと解釈できる箇所がいくつか見られる。
この小さな器官はかわいい指のような突起が先端にあって、そこが接合部から最も離れている。この突起は「神の杖」と呼ばれ、「聖杯の密儀」において、「聖なる槍」に相当する。松果腺全体は蒸溜器つまり錬金術師が言うレトルトの形をしている。この腺の先端にある振動する指がエッサイの杖であり、大司祭の笏である。
東西オカルティズムの秘密教団のなかでは、ある人がある段階に達するとこの指を計り知れない速度で振動させるようなある行法が課される。その結果として頭のなかに前に述べたブーンと唸るような音が聞こえてくるのである。この現象が耐え難い苦しみを引き起こすことがある。オカルト世界に対し十分な知識をもたないで行うと悲惨な結果を招くことすらある。松果腺と下垂体はそれぞれ「知恵」という「龍」の頭と尻尾だと言われている。脊椎を伝わって上ってきた心霊的、オカルト的な流れが頭のなかを動く際(「クンダリニーと交感神経」の章を見よ)脳の中を通らねばならないが、それは松果腺という落とし戸によって閉じられている。この器官──エジプト人の鴇(トキ)がいわば尻餅をつく格好で、「後ろ向きになる」時、それは第四脳室への入り口を閉ざし、一種の障壁を形成する。こうして第三脳室の中身を封じ込めて、第四脳室に入るのを防ぐのである。クンダリニーによって刺激されると、松果腺は真っ直に立ち上がり、噛みつかんばかりのコブラのように鎌首をもたげる。そしてこの蛇の頭のように松果腺は膨らんで、小さな指のような突起が蛇の舌と同じスピードで素早く動くのである。第三脳室から第四脳室への通路を遮っていた松果腺は、自ら障壁たることをやめ、脳中の精髄が混合して霊的錬金術が行われるのを許す。

フリーメーソンの導師の「全てを見る目」、聖書のなかに出てくる肉体がそれによって光に満たされる「一つの目」、あらゆる「密儀」を知ることを可能にしたオーディンの「一つ目」、テュフォンがあるとき飲み込んだ「ホルスの目」、ベーメのいう「万物を見そなわす主の目」、これら全てはあの原始的な器官をほのめかす象徴に他ならない。
『秘密教義』の基礎をなす注釈によれば、松果腺は「次第に石化」して視界から消え、「深く頭のなかに」引き籠り「髪の毛の下に深く」埋められたという。とすればプロクロスが『プラトンの神学』の第一巻に書いてあることもこの事である。そこで彼が言ってることだが、魂はその本性の奥の院、つまり最も深いところに入ったとき初めて、「神々の種族」や「事物の一性」を肉眼の助けを借りないで眺める。このとき肉眼は「閉じられる」という。従って松果腺とは神話作りの上手な「古代人」の第三の目であると断言するのは非科学的なことであろうか。ベロッソスはカルデア人の起源について論じた断片のなかでそのように書いているし、ギリシア人は松果腺をキュクロブス伝説のなかで記録した。神秘家は松果腺がダングマの目つまり悟りに達した賢者の内的目とか、神々や覚者の額に垂直に描かれている「シヴァの目」の名残であるということを知っている。
このことは霊的な目が彼らのなかに輝いていることを意味している。観世音菩薩の不可思議な顔を見て、注釈のなかにある第三の目を思い出していただきたい。そこには内なる「人間」が活動すると、その目は膨らみ大きくなると書かれている。阿羅漢はこの活動を感じ見ることができる。そして自分の行動をそれに従って規制することができるのである。

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マンリー・P.ホール 著 ほか『人間 : 密儀の神殿』,人文書院,1982.11. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/12611276

『Insider : <世界統一>を謀る恐怖のシナリオ』part 1増補新版 G.アレン, L.エブラハム 著 ほか【前編】

p17 第一章 政治と謀略

子供の頃、たいていの人は一つの絵の中から「隠し絵」を探したことがあるだろう。ふつう、その絵は樹木や茂みや花や、そしてその他の自然物を描いた風景画である。およそ本の見出しや題目というものも、「この絵のどこかに少年が乗った車を引く一匹のロバが隠れています。あなたはそれを見つけることができますか」というあの質問に似ている。皆さんも多くの場合、雑誌のページをめくって、その答えを見て初めてその隠し絵が巧妙に隠されているのを発見するのではないだろうか。その風景画をよく調べてみると、絵全体が探すべき真実の図を隠すように出来上がっていることが分かり、一度この「本当の絵」を見ると、それからは痛めた指のようにそれが目立ってくるものである。

これと同様に、われわれは、マスメディアの描く絵が真実の絵を隠すように、慎重に、また芸術的に創作された風景であると考え、この本で、皆さんに、新聞、ラジオ、テレビで毎日見ている風景の中から「隠し絵」を発見する方法をお見せしようと思う。皆さんも一度このカモフラージュを見破ることができれば、様々なことがらに伴って現れるロバと車と少年をそこに発見することができるであろう。

何百万というアメリカ人が、アメリカ国民が日々被る災難について心を痛めたり、また失望したりしてるが、しかし、彼らはこの自分達の心配や失望の原因をはっきり認識する状況には置かれていないのである。そてゆえに隠し絵の中から隠された対象を発見しようとはするが、いつも徒労に終わってしまう。

たぶん、皆さんもこのような体験をしたことがあると思う。つまり、「何かがどこかでしっくりいっていない、しかしその何かが何であるかを具体的に表現することができない」といった気持ちになっているわけである。それにもかかわらず、いつも一見信頼できそうな顔で「われわれは共産主義が世界にはびこるのを抑え、かつ過度の政府出費は避け、インフレの焔を消し、よろめく経済の立て直しを断行する。そして国民の生活を道徳的破綻から守り、犯罪者たちを社会から追放し、ブタ箱にブチ込むだろう」と保証する男がいつも新しい大統領に選ばれるのである。

しかし、この大風呂敷の公約にもかかわらず、これらの問題は、誰が政権を取ろうが依然として未解決のまま放置され続けている。新しい政府(政権)ができても、共産党であろうが民主党であろうが、基本的には従来のそれまでの政治を行うだけである。この事実は極めて悲しむべきことであるが、真実なのである。
ところで、この現実のメカニズムを優しく説明する方法は一体あるのだろうか。誰がこのような質問をしたり、疑問を持ったりするだろうか。人々は普通、むしろ「全ては意図せずして偶然に起きるのだから、何も変えることはできない」というような没批判的で、非常に素朴な態度を取っている。
F・D・ルーズヴェルトはあるとき、「政治には偶然に起きるものは何もない。何かが起きればそれもそのように計画されていたと考えて間違えないのだ」と言った。これを知っているのはまさに彼のような男なのである。そして私は本書の中で、われわれの生活を形作っている世界政治が、ルーズヴェルトのように誰かによって計画されたがゆえに、否、それゆえにのみ起きるのだということを証明してみたいと思う。

世界政治という舞台の上で、もし偶然という法則が決定的であれば、われわれの福祉に影響を及ぼす出来事の少なくとも半分は、われわれの利益になるように作用しているはずである。また、もし指導的な政治家の純粋に人間的な弱さがこれに一枚噛んでいるのであれば、たまにはわれわれの利益になるような失敗が生じてもよさそうなものである。私は、われわれが実際に関わり合っているのは偶然や人間的愚かさではなく、その逆の巧妙な計画なのだということを論証するつもりである。そこで、この小冊子では、極めて巧妙な計画にもとづく戦術と、最近の六つのアメリカ政府(政権)が行った外交、内政に対するその影響を見てゆきたい。

私は、今日まで説明されないままになっている事柄を解明し、今までマスメディアで働く偽装の専門家たちの表現の背後に隠されていた事柄に鋭い照明をあてたいと思う。

世界史的な出来事が正確な計画の結果であると考える者は、「歴史の隠謀論」を信じる者として笑われてしまう。もちろん、近代的なこの時代に、この領域の研究に時間を割く者以外にこのような理法を信じる者はいない。歴史には二つの見方がある。すなわち、出来事というものは偶然に起きるのであって、計画されもしないし、誰かによって起こされるものでもない。もう一つの見方は、それらはまさに計画され、配慮されるがゆえに生じるというものである。大学の神聖な講堂で説教される「歴史の偶然論」こそ、本来なら笑われるべきものであろう。というのは、どの政府もその前任者と同じ失敗を何ゆえに繰り返すのであろうか。また、何ゆえにインフレ、危機、戦争などといった同じテツを繰り返すのか。そして何ゆえに国務省はその前任者にならって結果的に親共的な失敗を犯すのであろうか。これらの全てが偶然か、あるいは歴史の神秘に満ちた潮汐であると信じれば、私たちは複雑な世界に生きていることを認識する知識人として評価されるであろう。ところが逆に「無数の否定的なことだけが偶然に生じるということは平均的体験に照してみて絶対にあり得ない」と確信する者は愚者と言われる。全ての指導的立場にある専門家、マスメディアのコラムニストや解説者が、皆そろいもそろって隠謀論──これを原因と結果の理論とも言えるだろう──を退けているとはまたどうしてなのだろうか。

第一に、この種の職業の専門家たちは、世間の女性が流行に敏感なように、ほぼ学問の世界の多数者に従っている。一般的見解に逆らうということはかれらにとって、社会的、職業的破門にも等しいかもしれない。大学の教授や、ある教義を強く主張する人たちは、自分達は寛大で物わかりがよいと口先では言っても、実際はただ一方通行の路上を動いているだけである。
象牙の塔自由主義者や、あるいはエスタブリッシュメントに属するマスメディアの空論家たちは、毛沢東礼賛者を寛大に取り扱うが、一般の保守主義者や、隠謀的な考えを暴く保守主義者に対しては必ず禁圧的に出てくる。したがって、これらの保守主義者や告発者であるより、いっそうキリスト教婦人禁酒連盟大会の飲み物であった方がよほど《まし》かもしれないほどである。
第二に、、彼らはこれまでずっと自分達の誤謬にしがみつくことに強い情緒的な関心を持っていた。彼らの知性と自我は、完全に偶然論に服従してしまっている。そして、自分達の誤りを認め、自分達の判断力がお粗末なことを反省し、見抜くことはできない。舞台装置の後ろから、われわれの運命を操っている一つの政治的陰謀が確かに存在するということは、彼らの全ての考えを床の上にぶちまけるよう強要するであろう。いわゆる正規ではない情報に由来しているにもかかわらず、この事実を直視し、自分の誤謬を認めるには実際、強い性格を持っていなければならない。
このことは筆者自身も嫌というほど認識しなければならなかった。私は始め保守的な反共主義者に対抗して戦おうとしたのであるが、ケガの功名とでも言おうか、実はこの戦いから生まれたのが本書である。以前の、保守的な私の考え方は、邪推と敵対心によるものであった。しかし、数ヵ月にわたる集中的な再調査を経て、私は自分が長い間欺かれていたことを認めずにはいられなくなったのである。
政治家と「知識人」は、歴史的な出来事というものは秘密に満ちた潮流によって動かされているか、さもなくば偶然に起きるのだという考えを信奉してきた。このような歴史の説明によって、彼らは犯すかもしれない自分達の失敗のためにいつも一つの"いいわけ"を用意している。知識人はほぼ──本当の知識人であれ、単なる自称のそれであれ──陰謀論の存在を単に無視することによって、それを片付けてしまっている。彼らは陰謀論を実証する資料に疑問を投げかけようともしない──もちろんそれは成功しないであろうが。しかし、もし完全な沈黙が役に立たない時は、一見客観的なことを言うこれらの専門家たちとマスメディアの世論形成者たちは、今度は個人の攻撃や悪口や風刺に逃避する。彼らは、ある著述家か語り手があばこうとする事実から一般の注意をそらそうと試みる。このようなわけで、私は、例えば、本書などを通して不愉快な真理の暴露を行おうとする人々が、自衛のために時間と努力を捧げることができるようになればと願うものである。
事実を無視する政治的風刺は、陰謀論を攻撃する上で非常に有効な武器である。この風刺と中傷を避けるためには、事実そのものと、事実に公然と反抗する試みから身を引かなければならない。なんとなれば結局のところ、誰も喜んで悪口にはさらされなくなるからである。嘲笑の犠牲になるのではないかという恐れは、多くの人を黙らせてしまう。ところが、まさにわれわれのテーマこそ疑いなくすぐにも嘲笑と悪口をもって取り扱わなければならないものなのである。そこで、陰謀の範囲を不条理なまでに拡大して陰謀論を笑い者にする方法がある。確かに一部の隠謀論者は、少しでもぼけていたらどんな自由主義的活動家や政府官僚にも陰謀の意図を探りだしたと言って事態を過度に誇張している。たとえば、ホール・オブ・ポイズン・アイヴィ出身者は、傲慢にも「自由主義者の全ての教授が、毎朝その日にどの学生を洗脳するかを陰謀司令部から電報で指示されていると、あなたは信じているのではないですか」と言うに違いない。また他の人々は、人種的狂信や宗教的狂信から、偶然に手に入った全ての証明材料を自分の先入観を支えるために利用している。そこからたとえば「ユダヤ人、カトリック教徒、フリーメーソン団員は皆陰謀家だ」といった合言葉が浮かんでくるのである。このようなことを言う人たちが陰謀の発見には害にこそなれ、益にはならないことは明らかである。このような先入観を持つ彼らは世論に対し、どの陰謀論者も夢想家であり、嘘つきであるかのように思わせるのに力を貸すだけである。
「知識人」はよく「陰謀論はしばしば誘惑的であるが、あまりにも単順すぎる」といった決まり文句に逃げ込むものである。たしかに起きることを何でも一つの小さな陰謀グループのせいにするのは、もちろん、あまりにも簡単である。とはいえ、その逆に偶然というものをあまりにも頑固に信じ込み、その偶然を世界史の一定の要因と見なすことは、それ以上に単純なことである。

自由主義者陰謀論の本質を、多くの場合、陰謀論を信じそれについて議論しようとする者の病的な想像力のせいにしようとしている。また自由主義者は、陰謀論者の言うことは、結局のところ、全ての正常な政治的出来事の背後に「歴史の悪魔理論」の新しい証拠を発見しようとする陰謀論者の過鈍な感受性の産物だと言う。
世論を形成している学者やマスメディアの人たちは、原因と結果についての理論をあまりにも過小評価し、この態度をあらゆるところで活発に公表しているので、結果的には、実情を知らない人々がこれと同じ考えを持つに至るということは驚くに足らない。愚か者と言われないように、彼らは世論製造者の使うきまり文句をただ繰り返すだけである。この彼らの態度が、不十分な情報に由来しているとはいえ、「彼らは実際、何も知らないことに一つの判断を下している」と批判されないわけにはいくまい。

陰謀論者に反対する者は、人間が当面する問題の諸原因はまず貧困と無知と病気のためだとしている。しかし彼らは、陰謀の首謀者が人類のこの三つの敵に巧妙に奉仕しているという事実に気づいていない。この貧困・無知・病気は、陰謀家の無責任な権力追求の正当化に使われる代用品となっているのである。過去三年間のアメリカ政府の重大な誤りが、アメリカ国民の貧困と無知と病気のせいであるというのは、全くもって浅はかな考え方と言える。偶然論の信奉者は、たとえば、二、三の進歩的な民族が共産主義に合併されたという事実を見過ごしている。すなわち、チェコスロバキアがそれである。この国は東ヨーロッパの国々の中でも最も工業化していた国の一つである。あるいは中南米で二番目の国民所得を有していたキューバも同様である。
陰謀論の立場を取る者は知的エリートには一人もいないという主張は当たっていない。たとえば、ジョージタウン大学の国際学部(Foreign Service School)のキャロル・キグリー(Carrol Quigley)教授を挙げてみよう。彼をまさか極右と考える者はいないであろう。キグリー教授は「自由主義者」として完全に信用されており、また、プリンストン大学ハーヴァード大学といった自由主義エスタブリッシュメントの学問のメッカで講義をもしている。彼の1300頁に及ぶ大著『悲劇と希望』(Tragedy and Hope)で彼は自らの経験にもとづいて、一つの陰謀のネットワークについて語っている。キグリー教授はそこで「私はこのネットワークの秘密性にだけ抗議し、その目標には抗議しない」と言っている。そして彼は次のように述べている。
「私はこのネットワークの作戦を知っている。というのは、私は二十年以上も研究し、1960年代の初期に二年間その秘密文書と図面を検査することができたからである。私はそれに対し反感を持っていないし、またそのほとんどの目標にも反対しない。私は生活の大半の時間において密接にそれ自身と、またそれがもっている多くの装置とに関わっていたからである。私は過去においても、またごく最近にも、この政策のいくつかについて抗議した。……しかし一般的にいって、それらが秘密裏に存在することを彼らが望んでいることに、私はなんとしても賛同しかねるのである。そしてそれを一般に知らせることは、歴史的に重大な役割を演じることであると信じている」。
この文章の最後の節は、私に本書を書かせた大きなきっかけの一つである。しかし本書は、キグリー教授が「あらゆる国家の政治的組織と全世界の経済を支配する能力を有し、しかもこれを私的に占有する《金融統制の世界組織》を少なくとも創設しようとする」と描写しているこのネットワークの目標に断乎反対するものである。もっと恐るべきことは、個人的活動全てを意図的に統制することである。キグリー教授は「……各個人は誕生と共にコード化され、そのコードによって、教育や、兵役や他の公役義務、課税状況、そして年金との関係、また他人の死亡を助けたか否かにまで至る健康状況ないし医療状況などを示すことによって、その個人の自由はごく限られた個人的な領域まで統制される」と観察している。つまり《このネットワークは、世界の全政府を統制することによって、世界経済をコントロールしようともくろんでいるわけである。この目標を達成するために、陰謀家たちは冷血に、また意図的に戦争までを引き起こし、これを利用するのである。》彼らは競争者全てをしりぞけ、自由な企業を独占的にコントロールしている。キグリー教授はなんとこのことを許容しているのである。
われわれがインサイダー(部内者)と呼ぶこの集団は、このように自らを永遠なものにしようとしているが、このインサイダーの存在に気がついているのは、学者の間ではキグリー教授ただ一人ではない。しかし、インサイダーの存在を認識している他の学者は、インサイダーに公然と対抗すれば、自分の出世と生存までも脅かされるであろうことも知っている。筆者はそのような人々の何人かと接触していたので、そういう人々が実際にいることをよく知ることができた。

宗教界にも、この陰謀の存在に気づいている指導的な人物がいる。1965年12月27日付けのUPI報道によれば、ローマン・カトリックのイエスズ会総長ペドロ・アルペ神父は合同教会のための公会議についての意見表明の中で、次のような非難を行っている。「この…神なき集団は、少なくともその上位の指導層は、ある恐ろしく効果のあるやり方で活動している。この集団は手当たり次第、それが学問的なものであれ、技術的なものであれ、社会的なものであれ、あるいは経済的なものであれ、手に入る一切の手段を利用している。そしてこれは周到に用意された一つの戦略に従っている。この戦略は、国際機関や金融業界、またマスコミ、すなわち新聞、雑誌、映画、ラジオ、テレビの領域にまで及び、それらのほとんどを支配下に収めている」。
インサイダーはアメリカの政府が行う政治をその最上位におき、その全ての分野を操っているが、彼らが形作っているこの陰謀集団の存在を人に確信させることは容易なことではない。なんとなれば、ここでは真実は詩よりも異常だからである。本書はまさに史上最大の「刑事事件」について報告することになろう。資料を丹念に研究すれば、まず信じられない姿で現れていることが、ただ単に存在しているというだけでなく、さらにそれが大いにわれわれの生活の全領域に影響していることに読者の皆さんは気づくことであろう。

陰謀が用いる第一の手段は、全ての人々に陰謀など存在しないと確信させることである。そして陰謀の成果は、その存在と計画がいかに秘密裏に行われているかにかかっている。陰謀家の能力とはまさに、そういうものなのである。学問の世界におけるエリートやマスメディアは、インサイダーの存在をいつも笑い飛ばすだけで、その活動を覆い隠すことによってインサイダーのためにこの上ない援護射撃を行っている。
さて、自分のことが新聞記事になったり、あるいは少なくともある記事の背後関係を知っている人なら誰でも、新聞紙上の話は大抵全体的真実を語ってはいないものだということを、つまり客観的な報道というものはまれにしかないのだということを知っている。これには色々な理由があげられる。まずリポーターにとって時間的・空間的限界というものがあるだろうし、また彼が尋ねたのは関係者全員ではないだろうし、あるいはもしかしたら一部の人だけが知っていて彼らはそれを隠しているかもしれない。さらにまた、リポーターが自分の考えや好みに合うようにあるデーターを付け加えたり、省いたりしたかもしれない。その記事を読む読者がもし出来事に自らも関わったか、そうでなければ自ら調査をして、その際、真実には大いに忠実であろうとした時にのみ、その読者は事実関係について完全に近い判断を下すことができるのである。これと同様に、全国的な、また国際的次元での報告もまた「客観的であれ」という要請に対して大きな負い目を持っている。
インサイダーに関係している事柄に人々を注目させることは、心理的な問題でもある。そしてその事柄が本来明確なことであればなおさらである。なんとなれば、人々は大抵自分の古い信仰や考え方にいつまでもしがみついていたいからでる。コロンブスが人々に大地は球体であって、円盤ではないと言った時、彼らは非常に当惑した。なぜなら彼らはそれまでの考え方を捨てて全く新しい見解を採り入れるようせまられたからである。当時の「知識人」たちはコロンブスをあざ笑い、コロンブスに耳を傾けると自分の社会的名声を失うのではないかと恐れた。また他の人々は、世界が球体であるなどとはそもそも信じようとはしなかった。これはあまりにも多くのことを複雑にするはずであった。つまり、平らな大地こそ彼らのエゴを伴った既得権であって、彼らはこの自分達の宇宙観に挑戦するコロンブスに、「事実によってわれわれを混乱させないでくれ、われわれの精神はもう出来上がっているのだから」と言って悪態をついたのであった。

今日でも、いや、まさに今日こそ、より以上に多くの者を支配する社会的状況はその知的誠実を求められているのではないだろうか。インサイダーを暴露する者は、マスメディアから連続射撃を浴びせられる。それは、マスメディアがエスタブリッシュメントによって操られているからである。こうして、あらゆる問題の背後に現在のアメリカを根こそぎにする一つの巨大組織があるということをあえて主張する者は、誰でもその社会的地位を奪われるという危険にさらされる。残念ながら多くの者にとっては自分の社会的地位の方がアメリカの自由の存続よりはるかに重要なのである。自分の社会的地位と自分の子供たちが奴隷になることを防ぐこととどちらが大切かと聞かれたら、誰もが後者をあげることが分かりきっているが、しかし、そのために行動するとか、あることから身を引く(行動しない)ということはまた別なことである。願望するが行動しない人たちは、ある考え方を標榜することによって世間に笑われることを恐れている。自分の考え方を標榜すれば、出世しようと頑張っている人たちのカクテルパーティーにはもう招待されないかもしれない。そのような人たちは、インサイダーの存在ゆえには興奮せず、陰謀家を暴いて自国に奉仕しようとする人の存在ゆえに興奮するのである。

このように社会的地位の向上を目指して者を考える人たちには、陰謀を客観的に認識することが困難である。そして困難のもう一つの要因は、陰謀家が社会の最上部に属している事実にある。彼らは非常に豊かで、教養があり、文化をよく意識して活動し、大の人間好きであるという名声を享受している。誰も、彼らのような人物の告発者として登場し、「彼らはアメリカ国民の奴隷化をたくらんでいる」と彼らを非難したくはないであろう。インサイダーは、世界をコントロールするための道具である社会主義なるものが、ただ自由な企業家たちが多くの従業員たちと共同で社会主義に反抗する限り存続できることを知っている。インサイダーはまた、これらの人々が政治に対してはほとんどなんの関心も持っていないと信じている。さらにまた、多くの実業家や職業人がことさら社会的虚栄に弱く、それゆえに自分達の社会的信用をどんなことがあっても危険にさらそうとはしないということを知っている。これらのことは全て、目標を定めて煽動し、巧妙な戦術を用いるインサイダーの武器ともなっているのである。

この陰謀の危険をその全射程距離において認識することは、われわれ自身の利益のためである。この事から、われわれは絶えず人間の自由に対する関心を自分の社会的地位に優先させなければならないということが分かってくるであろう。このようにしてのみインサイダーの陰謀を発見することができるのである。

われわれは、陰謀家たちがアメリカ国民の心の中にまだ残っている男気と愛国心を見くびってきたことを認識し、より多くの人々がテレビに惑わされず、神や家族や国を自分の社会的名声の上に置き、インサイダーの陰謀を暴いてうち壊すために団結することを願うものである。哲学者ディオゲネスは、古代ギリシャの隅から隅まで、誠実な人間を求めて走り回った。われわれもまた、事実を調査して、正しい結論──その結果がどんなに喜ばしいものでなくても──に至ろうとすり無数の知的男女を求めて、アメリカ中を走り回っているのである。

〔1985年最新情報〕

1971年の時とは違って、アメリカ国民は今アメリカのマスコミに対して持ち前の不信の念を抱いている。そしてそれは当然のことだ。われわれは自由の防衛者をくず物扱いにし、共産主義革命の大司祭を誉め称えるNBCCBS、ABCの、ハンサムでソフトな声で話すニュース・キャスターを、次から次へと眺めさせられている。過去十四年間に、われわれは次のような人々が姿を消したのを目撃した。すなわち、南ヴェトナムのグエン・カオ・キローデシアのライアン・スミス、ニカラグアイのサモザ将軍、そしてイラン皇帝。いずれの場合も、これらの人物は公然たる共産主義者か、あるいはイランの場合は一人の気狂いによって置き代えられたのだった。

まさにこの時点で、われわれは南朝鮮、台湾、エルサルヴァドル、南アメリカ、フィリピンの反共産主義者指導力が崩壊していくのを眺めつつある。もし、これらの政権のどれかが倒れれば、その時どのような交代劇が起きるかはほとんど明白だ。自由が死ぬという絵の画き代えは続く。キグリー教授が亡くなる前に、ゲイリー・アレンと私は、彼の本『悲劇と希望』の内容について彼と討論する機会に恵まれた。1972年の秋、本書『インサイダー』は熱気のこもった討論、特にいくつかのラジオ・トークショーでの討論を作り出しはじめていた。ソルトレイク市で、一人の積極的なトークショーの司会役は、主要な討論者であるエブラハムとアレンとキグリーを結び合わせる思想にぶつかってきた。ゲイリーと私はソルトレイク市に飛び、放送局の管制室でワシントンD・Cにいるキグリー教授に電話がつながれるのを待った。われわれは一度はうまく行って、キグリーは夢中になった。彼はわれわれが彼の本の内容を引用したのみならず、全体の主張に手を加えたとして非難した。彼が否定している引用箇所の一つは、本章の中の一箇所だった。記録を整えるために、私は彼の本の950頁を開き、司会者にキグリーが書いた語句をそのまま読み上げるよう願い出た。司会者はそれを読み上げた。教授は電話を切った。それで討論は終わった。

「もしインサイダーに正面から挑戦すれば、挑戦者のキャリアは破壊されるということを実証している」誠実な学者についていえば、アントニー・サットン以上に際立った例はない。サットン氏に私が最初に会ったのは、われわれが本書を書いているときだった。彼はスタンフォード大学フーヴァー研究所の首席研究員として、『西側の技術とソ連の経済発展』という膨大な3巻本のために数年間研究をしていた。国務省の若干の文書と、他のデリケートな記録に接近し、サットンはインサイダーにとっては完全に破壊的な結論に到達した。彼は、西側の技術と金がソ連を支えているのみならず、積極的に内部崩壊から守っているということを結論として証明したのである。彼の推定によれば、ソ連の全ての技術の95%は西側から輸入されたか、あるいは盗まれたものである。本書をめぐって高まりつつあったわれわれの論争のお陰で、またサットンの書物の持つ非の打ち所のない学術性ゆえに、サットンは注目を集め始めた。だが、このことが起こるや否や、フーヴァー研究所の「権力」は、彼の勤務はもはや不必要であるとの決定を下した。学問の自由とはそんなものである。そして、知識誠実とはそんなものである。

 

註4 第二次大戦後、陰謀論を扱った本は日本からほぼ消え去った。陰謀論を否定する翻訳書には、(以下略)

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p35 超富豪の権力のための社会主義

アドルフ・ヒトラーは一つの歴史的現実である。また彼に由来するテロや破壊も同様に歴史的現実である。ヒトラーは貧しい家庭の息子として生まれ、自分の家からは何の社会的援助も期待できなかった。彼は高校時代に失敗し、また特に才能があるとは決して評価されていなかった。しかし彼は、これらの不利な諸条件にもかかわらず、幸いにして最後に至って失敗したものの、世界を征服しようとしたのである。ヒトラーに似た生い立ちを持つ者がウラジミール・イリッチ・レーニンであり、彼の家もまたヒトラーのように社会的エリートではなかった。彼は平凡なサラリーマンの息子であって、その生涯のほとんどを貧困のうちに送った。それにもかかわらずレーニンは、数百万の自国民の死と、十億人以上の人々の奴隷化の責任者となったのである。これもまた打ち消すことのできない歴史的事実となっているのである。この二人の独裁者は、財力とか適切な教育といった重要な指導者の条件に欠けていたにもかかわらず、無限の権力を我が物にすることができた。
それゆえ大富豪なら、その輝かしい教育と大きな財力に支えられて、ずっとたやすく権力の獲得計画を実行できるはずだ。このような推量の方がもっともらしくはないだろうか。これは少なくとも理論的には可能であると認めざるを得ないであろう。歴史は、有利な要素を無限の私的権力に転換した一つの典型を我々に伝えている。それは貴族主義者ジュリアス・シーザーの場合である。教育と富と知性のある男として、彼には自分と同じ考えを持つ者と同盟関係を結ぶことは簡単であった。このような男たちは今日でもまた、そのすばらしい教育で高い社会的名声を教授するであろう。彼らはまた、当然彼の計画を実現するために巨額の資金を調達できる立場にあるだろう。

平均的人間にとって、もうほとんど倒錯的なとしかいいようのないほど強大な彼らの権力欲を理解するのは難しいものである。平均的人間はまた、ふつう、自分と家族のために適当な生活水準を保つために努力することで満足するものである。そしてその野心は大抵、自分の家族の広い意味での幸福を目指している。それゆえにこのような平均的人間の眼には、絶えず最大の権力の獲得に努め、それにのみ自分の存在の意味を求める人間がいるということは、全く合点がいかないこととして映る。しかし、歴史は繰り返し繰り返し、そのような人間を生み出してきたのである。ところがそのようなことが現在に限って起こらないとどうしていえるだろうか。このような「金権力者」には、より多くの権力をわがものにするため、チェスの駒のように、指導的な政治家たちさえも利用できるのではないだろうか。
これら全ての事柄は、今のところ読者を確信させるには至らないが、現実はまさにそうなのである。本書で私は、大地が平らな皿ではなく、球体であると人々に確信させようとしたコロンブスの方法をとろうと思う。そして、共産主義が──あるいはそのようにいわれているものが──モスクワや北京からやって来るのではなく、ロンドン、パリ、ニューヨークを出発点とするもっと大きな陰謀の手からやって来ていることを論証しようと思う。この運動の最上位にいる男たちは、この概念の持つ伝統的な意味では共産主義者ではない。彼らはモスクワや北京に対して、忠誠心など全く持ち合わせてない。彼らは自分自身と自分の企業に対してのみ忠実であろうとしている。これらの男たちにとって、共産主義の偽哲学は信じるに値するものではなく、また行動の指針でもない。彼らは自分の財産を誰かに分かち与えるという考えなど絶対に持っていない。社会主義とは、超富豪が自分の陰謀のために利用する一つの哲学となっている。この哲学に対する信仰は、無知でナイーヴな者にだけ見出だされる。本書は、世界を征服するために、いかに資本主義が金敷きとして、そして共産主義がハンマーとして用いられるか、その方法を根本的に解明しようとするものである。共産主義が、共産主義より大きな陰謀の手以外の何者でもないということは、筆者の広範な調査によって漸次明らかにされた。私は、軍の秘密情報部の上層部の四人の将校と非常に有益な会談をする幸運に恵まれた。そこで得られた情報は、非常に価値のあるものであったし、ある大きなサークルでは既知のものである。さらに私は、長い間議会のいろいろな委員会の捜査官をしていた六人にインタビューをすることができた。そのうちの一人、ノーマン・ドッド氏は1953年、リース委員会がなした免税財団についての調査を指揮した。ドッド氏が世界の革命行動に対して演じた国際的な金融勢力の役割究明に本格的に従事しはじめたとき、彼の調査報告はアイゼンハウアーに率いられているホワイトハウスの指令によって潰されてしまった。ドッドはここから、過激な爆弾男をとらえるのは許されるが、その動機を察知しようとする試みは許されないのだという結論を引き出した。そこからは「政治の鉄のカーテン」が降りるとドットはいう。

「多くのことが共産主義によってなされている」と指摘してもよいが、「共産主義は高い名声をほしいままにしている人々がやっている陰謀の手段である」と指摘すれば、かの集団の激しい抵抗にぶつかってしまう。活動的な反共産主義者に対して、「共産主義に対するあなたの懸念はよくわかるが、共産主義的な陰謀が合衆国に対して大きな影響力を持っているというあなたの考えはばかげている」という異論がよく唱えられる。その異論というのは、「アメリカ人の大半は反共産主義者であり、共産主義を承認しようとは全く考えていない。一般的に言って、アフリカやアジアや南米の共産主義化を心配するのはよくわかる──なぜならそこの住民の貧困と無知と悲惨は当然そのきっかけになるだろうから。しかし共産化の試みは大半の人間が共産主義的世界観になんの親近感も持っていないアメリカでは徒労に終わる」というもので、これがごく一般的な考えではなかろうか。
以上の説明は実際、極めて明解にひびく。大半のアメリカ人が反共産主義者であることは、争う余地のない事実だからである。
共産主義に対するアメリカ人の態度に対する世論調査が、共産主義のなんであるかを示すことにはならない。それゆえ、内部からの共産主義の脅威を心配する反共産主義者に対する反感には一応もっともなところもあるようだが、それは見かけに過ぎないのである。「共産主義」という概念の定義についての質問を内容とする世論調査から、それについての実に様々な考え方が示されるであろう。
ある人はそれを社会主義の暴君的変種と考えるだろうし、またある人は「マルクスが最初に考えたように一つのよいアイデアだが、しかしまだ一度もそのようには実行されたことがなく、それどころかロシアによってすっかり歪められてしまった」と考えるだろう。「〈共産主義とは何か〉という問いはしかしながら全く単純化されている。それはあまりにも錯綜とした状況がある。今日の共産主義は──アメリカの右翼の過激派が考えるのとは逆に──国際的・統一的運動ではなく、むしろ中心を多く持つ民族的運動であり、その性格はこれまで民族的指導者のその都度のカリスマによって色付けられていたし、今もまたそうである。たしかに、ヘーゲル弁証法に、フォイエルバッハ唯物論を結びつけることが共産党の共通目的であるが、前述のように〈共産主義とは何か〉を問うことは記念碑的な過剰単純化である。

正しい問いは〈毛沢東共産主義は何か、ホー・チ・ミンの、フィデル・カストロの、あるいはチトー共産主義とはどういうものか〉というものでなければならない」。アメリカの国務省や大学での支配的な考えもまさにこのように表現されるのである。
この定義に対して、われわれは自分の定義をどうしても持たなければならない。反共産主義的なアメリカ人で、まさに彼らが反対していることに同意するかもしれない人たちがあまりにも多い。これは驚くべきことではないだろうか。われわれはここに、ほとんど全ての人々が同意しているが、それはよくないことであり、それには反対しなければならないことを示そうとしているわけである。
われわれの敵は一体誰なのであろうか。フットボール・チーム内で選手が互いに対立し、またコーチにも対立してそこに一致がなければ、守りはどうなるのだろうか。そのチームは混乱する。フットボールであれ戦争であれ、またそれが熱かろうが冷たかろうが、およそ全ての対決に通ずる第一法則は「汝の敵を知れ」である。これがこの本の原則でなければならない。
そこで本書は共産主義を次のように定義しよう。「共産主義とは上層部にいる人間の地球征服のための国際的で、陰謀的な努力である」。彼らにとっては、地球征服という目的を実現するためにならあらゆる手段も許される。本書は、共産主義という概念のこの定義だけが正しいものであることを証明しようと試みるものである。
マルクスエンゲルスレーニントロツキーが発展させたような共産主義の技術、すなわちブルジョアプロレタリアートの対立、弁証法唯物論、二、三の偽国民経済学、あるいは共産主義の政治哲学──これらが共産主義的陰謀と取り違えられてはならない。共産主義の陰謀的性格を理解することは、その真相の中に有効なメスを切り込む基本的な条件である。
マスメディアは共産主義の悪意だけを私たちに示すだけだ。ところが、もし誰かが「陰謀-共産主義」という結合理論を述べれば、自由主義的なエスタブリッシュメントの報道や職業的自由主義者は大いに怒る。反共産主義的な考え方や態度のもとにも、一つの不可解なタブーが存在しているのである。
史書は、陰謀をめぐらし、権力を手に入れようとした多くのグループについて報告している。ライフ誌でさえ、犯罪によって金を作ることを目的とするコーザ・ノストラのごとき陰謀家の存在を信じている。数年前、ライフ誌は、ジョーゼフ・ヴァラキがマックレラン委員会でなした証言についての記事を連載した。この暴露には二、三の注目すべき観点が含まれている。われわれ全ての者が、この機関がコーザ・ノストラという名前であることを知らず、マフィアという呼び名を用いていた。名前と同じように、これらの集団が一世紀も古く、長い間多くの国々で指導的人物を会員にし、たえず自己再生産されていた徒党と結びついて活動していたにもかかわらず、これについてなにも重要なことは知られていなかった。本書が取り扱う政治的陰謀においても、同様な状況だというのだろうか。キャロル・キグリー博士の役割は、ジョーゼフ・ヴァラキの証言に似てはいないだろうか。

ライフ誌でさえ信じているのであるから、誰でもある種の陰謀があることくらいは知っているであろう。しかしここで問題なのは、この上もなく危険な陰謀が、刑事犯的陰謀ではなく、政治的な陰謀であるということである。コーザ・ノストラメンバーと共産主義者、より適切に言えばインサイダーとの本質的な相違は、一体何であろうか。その手腕で犯罪組織のボスにのしあがったラッキー・ルチアーノのような男たちは、その都度必要に迫られて悪魔的ひらめきをもって働かなければならなかったし、また海千山千の絶対的な冷血漢でなければならなかった。しかし彼らは、ほとんど例外なしにまともな教育も受けておらず、ナポリやニューヨークやシカゴの裏街で《手仕事》を身につけた者たちばかりである。

さてここで、これと同様に不道徳な性質をもち、しかし、格式ある豊かな家庭に生まれ、最高の大学に学んだある人物を取り上げてみよう。彼は、ハーヴァード、イェール、プリンストン、あるいはまたオックスフォードのうちの一大学で卒業した。これらの教育機関を通してこの某氏は、歴史、国民経済、心理学、社会科学、経済学などについての広く深い知識を身につけた。この種の教育によってこの人は、実際の権力を得ようとする者は誰でも政治的に活動的でなければならず、またもし可能ならば政府のメンバーにならなければならないということをよく認識している。だから「政治家になるか、さもなくば君のために働く二、三の操り人形をつかまえろ」、この掟こそ実際の政治権力と大金への王道である。
「政治権力を目標とする陰謀」という概念は「政府そのもの」と同じように古い。古代ギリシャのアルキビアデスや古代ローマのシーザーの陰謀は、人道的な色彩を持った一般的思想に属している。現在このような人物が存在することは一般には考えられていないし、あるグループでは嫌悪の情をもって退けられる。
陰謀家には若干の共通点がある。彼らは完全な嘘つきであり、また長期的な計画者でなければならない。有名に、あるいは悪名高くなったどの陰謀家にも、ほとんど圧倒的なまでに確固とした計画が見出だされる。ルーズヴェルト大統領のあの主張が、再びここで繰り返されるべきであろう。つまり「政治的には偶然に起こるものは何もない。もし何かが起きればそれはそのように計画されていたのだと考えて間違いない」というのが真実なのである。
共産主義の現実は、権力の獲得をたくらむ圧政であり、その最も有効な武器は大うそである。もし共産主義の全てのうそを集め、それらを煮詰めることができれば、そこから次の二つの主要なうそが浮かび上がってくるであろう。その一、共産主義は不可避である。その二、それは搾取者に反抗する抑圧された大衆の連動である、というものである。

そこで、前出の仮想の世論調査を想い出していただきたい。ここで不可避性という共産主義の第一の大うそを分析してみよう。アメリカ人はたいてい「われわれはアメリカで共産主義が不可避であるとは思わない。われわれはアメリカの現状を知っている。われわれは危険に対して反応するのが少し遅い。パールハーバーを想い出すでしょう。しかし、アメリカ人は共産主義がやって来るのを決して傍観してはいないだろう」と言うであろう。また彼らは、社会主義についてもほとんど同じ回答をするであろう。ところで、「この国はもう社会主義化されつつあるが、あなたはそれに対して何もしないのか」という問いには、「私は社会主義者ではない。しかし私はこの国で何が起ころうとしているか知っている。さよう、社会主義は不可避ですね」という答えが返ってくる。「ではどうしてそれに対してなにもしないのか」という問いには、「一個人にすぎない。あなただって市議会を牛耳ることはできないでしょう」と彼らは答える。反抗的な者に、その防衛に有効なもの何もないという考えを植えつけることは、戦略そのものと同じように古い。中国の兵法の哲学者孫子は、西暦前五百年頃に、「戦略の最高の形は、攻撃を防ごうとする敵の一切の意思を破壊することである」と述べている。これを今日、近代の心理戦略とわれわれは呼んでいる。
こうして次のようなアメリカ人像ができあがるのである。すなわち、彼らは共産主義を定義することができない反共産主義者であり、そして社会主義は不可避であると信じている反社会主義者である。マルクス共産主義を一体どうみていたのか。「共産主義の不可避性」は共産主義者にとっていかに重要であるのか。何についてこの不可避性はいわれているのか。共産主義についてか、あるいは社会主義についてなのであろうか。そこでマルクスの『共産党宣言』を研究すると、マルクスは「プロレタリアート革命を通してプロレタリアート社会主義的独裁を確立するためであろう」と主張していることが明らかになってくる。彼はそこで、この独裁に到達するためには、次の三つのことが遂行されなければならいという。すなわち、私的所有に対するあらゆる権利の焼却、家庭的統一の解消、そしてマルクスが人民の阿片と称した宗教の破壊、この三つである。続けてマルクスは、もしプロレタリアートの独裁がこの三つのことを全世界に貫徹したなら、全能の国家の権力要素はしばらく衰えてゆき、国家社会主義共産主義に道を譲るであろう。全ての共産主義者社会主義を確立すべく働かなければならない。そしてそのとき、どんな政府ももはや不必要になり全ての人はこの生活様式に幸福感を感じるだろう、と言う。

「全能の国家が衰えてゆく」というカール・マルクスの主張は承服できるものであろうか。スターリンのような男が、あるいは強大な独裁体制の頂点に立つために必要なずるさと冷酷さを持ち合わせた男が、恐怖とテロで自ら築いた権力を自由意思によって分解するということは考えられるだろうか。
社会主義独裁制を確立するため、人民に与えられるエサでなければならない。独裁制は理想主義的な手段だけではほとんど買い手がつかないので、独裁制が歴史的に一時的には必然的にやってくるという考えが付け加えられなければならなかった。これを信じるという幼稚さがさらにこれに加わることが肝心ではあるが、無数の人は確かにこれを信じているのである。
共産主義ではなく、社会主義を確立しようとする努力こそ、共産主義とインサイダーが実践する中核である。マルクスと、共産主義運動を行ったマルクスの全ての相続人は、その後継者たちに社会主義の創設のために働くように指示した。アメリカの共産主義の代表者に聞いても、共産主義という言葉は決して出てこないであろう。彼はただ、アメリカの社会主義を実現するという熱心な努力についてのみ語るはずだ。あらゆる共産主義の文献もまた同様に共産主義の確立ではなく、社会主義の確立を要請している。

エスタブリッシュメントに属する人々の行動もまた同様である。1970年代のニューヨーク・マガジンは、誰もが認める社会主義者で、ハーヴァード大学教授のJ・ケネス・ガルブレイスの書いた「リチャード・ニクソン社会主義の偉大なる再生」というタイトルの記事を載せている。ガルブレイスは彼が「ニクソンの行動計画」と名づけるものを次のように説明している。
ニクソン氏はたぶんマルクスの愛読者であろう。しかし、〈彼の顧問たち〉であるバーンズ、シュルツ、そしてマックラッケンという博士たちは、マルクスをよく知っている極めて優秀な学者であり、それゆえ大統領をこの面で同じ水準まで高めることができたはずだ。そして社会主義への移行の助けとなる危機が当局によって巧妙に企てられたということにはなんの疑いもない…」。

ガルブレイス博士のこの記事は、次のような説明から始まっている。
ニクソン政府の動きは確かにほぼ予告されなかった。しかしそれは、社会主義への新しい大いなる移行だった。多くの人々は依然としてこの事に気がついていない。また他の人々は自分の眼を疑っている。なぜならこの人たちは今まさにその前兆を間近に見ていると思っているからである。社会主義の敵手として、ニクソン氏はその目標をはっきり意識しているように見えたのだが…」。
ガルブレイスは、ニクソン政府によって企てられた社会主義への壮大な前進を示すリストによって説明を続けている。この記事が引き出さなければならない結論は、社会主義が──共和党によってであれ、民主党によってであれ──不可避であるということである。社会主義者であり、またハーヴァード会員であるアーサー・シュレジンガー博士も、ほとんどこれと同じようなことを次のように述べている。
保守主義者が権力を挽回しても、自由主義者の過去における最大の収穫は六法全書に生きつづけている。自由主義者はますます自由主義的になり、つねに事の中核で増大し、これと同じ理由から保守主義者は保守的でなくなって敗北しなければならなくなる」。

このようにして、多くの熱烈な愛国者たちは、何も知らないまま陰謀家のとりこになっている。シカゴ・トリビューンの元記者で、アメリカの卓越した政治評論家であるウォルター・トロハンは、このことについて次のように言っている。

「現代の政府の政策は、それが共和党によってであれ、民主党によってであれ、かの危機的な1932年の彼ら自身の綱領から、当時の共産党の党綱領のプラットホームに近いということは一般に知られた事実である。このことは100年以上も前に、正確には1848年にカール・マルクスが『共産党宣言』の中で社会主義の綱領として宣言していた…」。

トロハン氏もまた、この傾向が不可避であるという信仰に惑わされて、さらに次のように言っている。

「この国は深く社会主義の間に入っており、政権につくのが共和党であれ民主党であれ、連邦政府の権力の爆発的増大を経験しているのであるが、このことを認識するためには、保守主義者たちは十分現実的でなければならないだろう。保守主義者に許される唯一の慰めは、リチャード・ニクソンの進むペースが、ヒューバード・H・ハンフリーの進むであろうペースよりずっと緩やかであろうというところにある……。民主党政府が社会主義をもっとうまく実行するとただ言っているのに反し、ニクソン政府は民主党の言っている社会主義の大半を現に引き受けてやるだろうということを保守主義者たちはよく認識しなければならないだろう」。

エスタブリッシュメントは、政治的スペクトル(図1参照)を描く際に利用される諸概念を歪めて、共産主義の不可避性という観念を広めている。政治的スペクトルの一番左には共産主義を見いだすことができると人々は言う。さらに人々は、左端の反対側に──同様にいやな──ファシズムという右端があるともいう。われわれはこの道路の真ん中を動かなければならないと絶えず教え込まれている。そしてこの真ん中は、民主主義と呼ばれる。

だがエスタブリッシュメントはこのスペクトルの真ん中の部分がフェビアン(または緩慢な)社会主義であると考えている。しかし、スペクトルの真ん中が過去四十年間に情け容赦なく左の方にずれてきたという事実は無視されている。

ここで、間違った二者択一を行う典型的な例を挙げてみよう。人々は共産主義(国際社会主義)とナチズム(民族社会主義)のどちらかを選ばさせられる。つまり、全ての政治的スペクトルは社会主義的であるというのである。しかしこれは不条理である。このスペクトルの中には無政府主義を信ずる人や、立憲共和制と自由な企業を信じる人の場所が一体どこにあるのだろうか。90%程度の国民がこのスペクトルを用いて、自分の典型的な政治思想を定義しているにもかかわらず、ここには彼ら自身の場所が欠けているのである。
ここに正確な政治スペクトルを示してみよう。(図二参照)。共産主義全体主義的な政治形態である。共産主義ファシズム社会主義、皇帝主義、ファラオ主義というように、全体主義を分類することは政治のスペクトルにとって重要ではない。それはこれら体制のどれかに生きている人の立場から見れば区別などはないのである。さて、もしここで全体主義的政治形態──偽名のもとで──が左端に位置すれば、当然、右側はアナーキーか政府のない形態を表すことになる。われわれアメリカの国家創立者たちは、なるほど英国君主の準全体主義的政治形態には同意しなかったが、政府のない道はカオスに到らなければならないことを知っていた。
憲法の中では自由な企業活動の組織について特別に何も論じられていない。しかし、この組織は立憲共和制においてのみ存在できるものである。集団主義的な体制のもとでは、憲法に定められていない全ての権力は政府のものとされている。それに対しアメリカの創立者は、市民からその生産の成果を奪い、働かないものにそれを分かち与える政府をつくろうとは考えなかった。それゆえ、その政府には、分立し、制限された権限だけが委譲されなければならなかったのであり、政府にはこれ以上の権力は与えられていないのである。
トーマス・ジェファーソンは、「権力に関わる事柄で、人間を信頼してはならない。権力を持つ者を憲法という鎖で諸悪から遠ざけることが肝心だ」と言った。ジェファーソンは、もし政府が無制限の力を持てば、人民はすぐ鎖につながれてしまうことを知っていたのである。

「政府は可能な限り少なく支配するとき、もっともよく支配する」というのがジェファーソンの考えであった。そしてこの国家は、最小限度の政府機能によってつくられたのである。国家創設者たちは今よりは技術化されていない世界に生きていたのであるが、あるいはまさにそれゆえにこそ、彼らは政治の方向を決定する際に、今日の大多数のアメリカ人よりはもっと適切に人間の本性に対処していたのである。時代と技術は変わるが、これらの基本的原則は時間を超えて有効なのである。政府は主に国家的防衛組織をつくり、それを堅持し、法体系をつくり、維持するために存在する。しかし、ジェファーソンが語った鎖はちぎられ、ある時期からわれわれはあの政治的スペクトルの上を集団主義全体主義的政体の方向へ、つまり左へと移動し始めた。アメリカの政治的指導者のなす提案はどれも──例えばニクソンの利益配分計画のように分権的な効果をめざしていると一見思わせるようなものさえ──われわれをさらに左へ、つまり中央集権的政府へとつれてゆくものである。このようなことが起こるのは社会主義が不可避であるからではない。左への傾斜はむしろ、彼らの利口な計画と、堅固で段階的な前進に負っているのである。全ての共産主義者とインサイダーは継続的に、また熱心に社会主義のために努力するのであるから、私たちはこの概念をいま次のように定義しなおした方がよいであろう。社会主義は通常、財物とサーヴィスの生産及び分配の基礎的手段に対する政府の所有権ないし管理支配である。
この定義を分析すれば、政府が全てを管理支配するということ、すなわち根本においては全ての「人間」を管理支配するということが明らかになる。もし政府がこれらの領域を管理支配すれば、政府は結局マルクスが言った私的所有権の廃止、家庭の解消、宗教の廃止を実行することが出きるようになるのである。
アメリカが社会主義化されつつあることは、全ての人が知っている。さてここで誰かが、例えばよりにもよってケネディー家、フォード家、ロックフェラー家などのような非常に豊かな人々が、一体なにゆえに社会主義のために弁明しているのかを問いたくなるであろう。超富豪たちは最も多く失うものを持っているのではなかろうか。これはもっともな話である。しかし社会主義の推進者がこれこそが社会主義であると言っているものと、彼が実践しているところのものとの間には、大きな相違があるのである。「社会主義は財産分配のプログラムである」という考えは、実は、正確に言って、人々をくどき落としてその自由を強大で集団主義的な政府に従属させる農民捕獲法であり、策略なのだ。インサイダーがわれわれに「われわれは地上に楽園を建設するだろう」と言い聞かせている間に、われわれは自分達の刑務所をつくっているのである。

社会主義を最も強力に推し進めている人々が、自分達の富を、家族トラストと免税財団とによって確保したということは、最も公正な観察者の目には実に奇妙に見えるのではないだろうか。ロックフェラー、フォード、ケネディーのような人々は、人間が思いつく全ての社会的計画と、アメリカ人の税金を増やす政策に賛成している。
ところが彼ら自身は全然と言ってよいほど税金を払わないのである。「北アメリカ新聞連盟」紙に、1967年8月に載ったある記事は、なぜロックフェラーがその巨大な財産にもかかわらず事実上全く所得税を払わなかったかを説明報告している。この記事は、ロックフェラー家の一人が過去数年間のある年に、実にたったの685ドルしか個人的な所得税を払わなかったことをすっぱ抜いている。ケネディー家は、シカゴ卸売市場、家屋群、数隻のヨット、何機かの飛行機を持っているが、それらはみんな彼らの無数の家族財団、家族トラストの所有物なのである。これに反して人は納税なるものを、寛大にも単純な国民のふところにのみ委ねているのである。
このような事情にもかかわらず、ロックフェラー家とか、フォード家とか、ケネディー家といった偽善者は、被抑圧者解放の偉大なる先駆者のようなポーズをとっている。彼らが貧困者のおかれている社会的状況を本当に心配しているのなら、彼らの財産は貧しい人々のために、はかりしれないことをすることができるだろう。彼らは、社会的領域で被抑圧者解放の実例を示すことができるのにもかかわらず、実際はそれとは逆に、社会主義の助けを借りてますます個人的な権力を獲得しつつあるのだ。
彼らは、中産階級を始めほとんど全ての納税者に対してではなく、彼ら自身に対して社会主義的改革をはじめるべきではないだろうか。財産の分配とは、国民平均の水準に達するまで彼らの財産が放出されなければならないことを意味しているはずだ。しかし、テッディ・ケネディーが自分の別荘や飛行機やヨットを放棄し、二万ドルの抵当に入れてある二万五千ドルの家屋に家移りするなどと、誰が信じることができようか。
大金持ちが社会主義的関心をもつ動機の一つは、単に相続しただけの財産ゆえの罪意識であろうが、これまでに見てきたように、その気にさえなれば、自分自身の稼がなかった富を手放すことによって、この罪意識から簡単に解放されるはずである。しかしこの動機は、もっぱら権力を目指すインサイダーたちの行動を説明しないものである。

彼らは社会主義に賛同する富豪ではあるが、徹底的な偽善者であるわけではない。社会主義に対する一見矛盾した彼らの傾倒ぶりと、またここから生じる自由な企業精神の破壊は、本当は互いによく説明できるものなのである。
ほとんどの人は、社会主義者がわれわれに信じ込ませようとしているように、社会主義とは一つの財産分配計画であると信じている。信じているものはしかし理論である。
さて、実際に体制もそのように機能しているであろうか。この問いは──社会主義者自身の定義による──社会主義諸国の現状を調査することによって答えられるであろう。社会主義諸国とは共産主義諸国のことであるが、そこでは実際のところ、薄い層からなる少数者の派閥が全体の頭上を占めている。通常総人口の三%を越えることのない層が、残りの九七%の層の財産、生産、生活の全体を統制している。
ブレジネフ氏が、ロシアの草原に住む貧しい小農民のような生活をしていないということは、最も素朴で無知な人にも秘密ではないであろう。しかし、他の何を、社会主義理論はこの素朴で無知な人から期待しているのであろうか。
社会主義とは財産分配計画ではなく、所有物を統轄・統制する方法であると理解すれば社会主義にこのように傾倒する超富豪の見かけの逆接の持っている謎は既に解かれたことになる。
かくて社会主義は、権力を手に入れようとするインサイダーたちの、理論的に首尾一貫した、つまり完全な道具なのである。共産主義、より正確に言って社会主義は、このようにして抑圧されている大衆の運動としてではなく、国民経済的エリートの運動として表現される。インサイダーの計画はそれゆえ、合衆国を社会主義化することであって、共産主義化することではない。
では、この計画は、どのようにして実現されうるのであろうか。図3は、われわれの建国の父たちが設定した政府の当時の構造を示している。憲法は政府の権力を工夫をこらして分割している。彼らは、政府のどの部分の権力も、それが連邦、州地方のどれであれ、用心深く考え尽くされて決して中央の統制下にはおかれないだろうと信じていた。福祉や教育のような生活に深く関わる色々な分野も、政治家の介入から遠ざけられていた。この組織のもとでは、独裁制が生まれることは不可能だった。政府のどの部分も単独でそれに充分な権力を持ち合わせていなかったからである。独裁制は、権力の糸が一ヵ所に集中していることを前提にしている。この集中化がはじまれば、独裁制は不可避となる。英国の哲学者トーマス・ホップスはかつて「自由とは小さな部分に分けられた政府である」と言った。

ウッドロウ・ウィルソンは、このテーマについて、「自由の歴史は政府権力の拡大の歴史ではなく、政府権力の制限の歴史である」と言ったが、彼がこう言ったのは、彼がインサイダーの道具になる以前のことであった。また歴史上有名な英国の貴族アクトンは、「権力は腐敗へと傾き、絶対的権力は絶対的腐敗に傾く」と説明した。われわれアメリカの建国者たちには、これらの原理がまだ大原則として働いていたのだが、前述の人たちはわれわれの建国者たちがもういない時代に生きていたのである。
では、この現代には、一体どのようなことが起こっているのであろうか。われわれ国民があの政治的スペクトル上を左の社会主義の方向に移動するにしたがって、連邦政府の行政府に権力が集中していく。このことの大半は、立法行為と連邦の補助金によって達成された。連邦の金は餌として利用され、また連邦の統制はとめ金として利用された。連邦の最高裁判所はこの場合極めて論理的に、「補助内容を規制するために政府の手続きを欠いてはならない」と決定した。
アメリカ合衆国を支配するには、どこの市長になっても、どこの郡議会や州議会を手中に収めてもダメである。だが、もし連邦行政府の長が全権力を持っているとすれば、その一人の男だけを支配するだけで、その彼を通して分岐した全機構を支配できるのである。
全ての加工生産、商業、金融、交通運輸、原料を支配するには、中央の権力中枢を支配するその頂上を手に入れるだけでよい。彼はこうして独占者となり、全ての競争相手は排除されるだろう。国家的独占を望むなら、国家の社会主義的政府を支配しなければならない。そして結局、世界的な独占を得ようとする者は、一つの社会主義的な世界政府を支配しなければならない。これが権力運動の根本法則である。
このように共産主義は抑圧されている大衆の運動ではなく、全世界に対する統制力を獲得するために、権力欲と金銭力の強いインサイダーたちがあみだした運動であることがお分かりいただけると思う。まず最初にここの民族において社会主義政府が確立され、次にこれらが合併によって大合同し、全能にして、社会主義的な超国家にならなければならないが、それはたぶん、国際連合の後援のもとでなされるであろう。この目標に近づくために、この共産主義の利用方法については次章で見てゆきたい。

〔1985年最新情報〕
チェース・マンハッタン銀行の副頭取であるジョン・ハリー氏の言葉を聞こう。彼は「銀行家にとって究極的な危険は政府の交替ではなく、政府の欠除、無政府状態である」と言う。
1980年2月7日、放送界の旗艦であるWNETは、「デヴィッド・ロックフェラーの世界」という番組を放送した。これは「ビル・モイヤーズ・ジャーナル」というシリーズ番組の一部であった。これは多くの点でキャロル・キグリーの本のように啓発的なので、番組のコピーの大部分をここに引用しようと思う。
番組のイントロとして、ビル・モイヤーズは次のように言っている。
「ロックフェラー家、国際的な銀行、多国籍企業、世界の金融エリートについてのドキュメンタリーは、たくさんあります。これは、一つのアプローチの方法にすぎません。デヴィッド・グラビンなるプロデューサーと私は、世界で最もよく知られた資本家、すなわち一人のロックフェラーがどのように銀行家としての仕事をやっているかを、一週間見聞しようと試みた」。
モイヤーズはまず、「国際的な金貸業界の方法は、特に権力、富、人的接触が集中しているところでは陰謀を余分なものにしてしまう」と言っていた。
余分だって?われわれは陰謀がどのように余分であるかすぐ見るだろう。
定評のある報道機関の一員がデヴィッド・ロックフェラーをどう眺めているかを理解させるために、モイヤーズはイントロの結論として、「デヴィッド・ロックフェラー、つまりロックフェラー兄弟の末弟で、チェース・マンハッタン銀行の頭取で、なるほどアメリカン・エスタブリッシュメントの不選ではあるが、まずは皆が認める首席であることは、一つの天職になりつつある……」。

「彼は金のかなたで計られるあるものを代表している。彼は力を代表しているのだ」。
「ロックフェラーは地球を包囲する力量を持っている金融家、産業家、政治家の巨大なネットワークの中心にいる」と言っている。
ロックフェラーの旧友であり、現在チェース銀行のために働いているリッジウェイ・ナイトとモイヤーズの対話を次に紹介しよう。

モイヤーズ──あなたをデヴィッド・ロックフェラーの無任所大臣として位置付けてもよいでしょうか。
ナイト──お世辞どうもありがとう。それが本当なら非常に私も嬉しいでしょう(笑い)。
モイヤーズ──さて、あなたは自分は彼の私的な代理人であると言われましたが、どんなことをされるのですか。彼のために外交的な旅行をしますか。
ナイト──そう、例えば、私はインドシナベトナムに出かけました。彼自身が出かけていって、サダトに会うことができないときは、私が行って会いました。そして……、私は彼より人の注意をひきません。
モイヤーズ──彼の世界では一国家のように銀行が動くというのは、なかなかおもしろいですね。
ナイト──そう、私にとって最も印象深いことは、私は多くの大統領の代理を務め、そして多くの国務長官に代わってしゃべってきましたが、相手側のドアが最も簡単に開かれたのは私がデヴィッド・ロックフェラーのためにやって来た時だったということです。驚きです。

注意!大統領の代理をする……。多くの国務長官に代わってしゃべった……。そして彼らのうちで誰もデヴィッド・ロックフェラーほどに政治権力を持っていなかったというのか。それではモイヤーズ氏に聞くが、もし陰謀は余分であれば、何がそこで進行してるというのか。
フランスに立ち寄ってから、モイヤーズとロックフェラーとその友人たちは、世界金融の指導者たちが世界銀行とIFMの会議のために集まっているユーゴスラヴィアベルグラードに向かう。ここでデヴィットは、前チェース・マンハッタン銀行の幹部で現在連邦準備理事長のポール・ヴォルカーのような大指導者と会い、それからウィリアム・ミラー財務長官と会い、そしてもちろん、接待主のチトー元帥と会う(これは1980年のことであり、カーターがまだ大統領であった頃のことであることを想い出していただきたい)。モイヤーズは「ユーゴスラヴィアは10億ドルの負債を支える道を探っている。チュースは、チトーがスターリンと決別した後にユーゴスラヴィア銀行の返済期限を延期してやった最初の銀行だった。いまチトーはロックフェラーがそれをもう一度してくれることを期待している」と報告している。
ロックフェラーはチトーに、「世界はあなたを必要としており、私はあなたが大変重要な役割を演じたハバナでの最近のこれらの会議で、あなたがこの事をいっそうはっきりと示されたと思っています」という(数万の自国民を殺したチトーのような人々を世界が必要としているとデヴィッドが考えるなら、彼が思い描く世界はわたしが生きようとする世界ではない)。

モイヤーズ──マスコミ的事件は終わりました。《本当のビジネスがはじまり、マスコミは締め出されています》チトーとロックフェラーが財政について話し合っている間、私たちはロスアンゼルス・タイムズのマーレイ・シージャーとしゃべっていました。
マーレイ・シージャー──ロックフェラーという名前の国際的名声は大したものです。それは世界中に通じる魔力的な名前です。私はモスクワで彼についての特別な体験をしました。私はチェース・マンハッタン銀行がアメリカの銀行としてはじめて事務所を開いたとき、特派員として働いていました。ロックフェラー氏がやって来て、彼らは銀行のための場所を貸しました。そして彼ら固有の方法で、大カクテル・パーティーの準備をします。
彼らはモスクワの歴史的な建物であるメトロポール・ホテルの食堂を接収し、彼らが生まれてから見たごちそうの中で最高のものをそこに並べました。ソ連の役人たちはカクテル・パーティーのはじまる三十分前から整列していました。アメリカに住んでいる者には、このようなことは信じられないでしょう。しかし、この人々はモスクワの道路に立ち尽くしていたのです。そこに住んでいるわれわれにとって皮肉なことは、たった数日前に公式のソ連の報道機関がロックフェラーをチリやペルー、そして他のラテン・アメリカの国々に投資する人物を非難したばかりだということです。
そして、特に、デヴィッド・ロックフェラーの兄であるネルソンに言及し、彼を第三世界、特にラテン・アメリカにおける金融帝国主義者であるロックフェラー家の一人であると名指していました。この種の矛盾は、ソ連人には全く気になりません。彼はおそらく、記事など一度も読んだことがないか、あるいは読んだとしても、どんな注意も払いませんでした。彼らはメトロポール・ホテルに立っているチャーミングな資本主義者であるこの銀行家を連想できなかったでしょう。

私は、マーレイ・シンジャー氏がこの物語をロスアンゼルス・タイムズの読者に話すことが適切であると考えたかどうか疑っている。私は本当にその事を疑っている。というのは、この種のナンセンスは西側の大使館や、ニュースが集まる主な機関の内部で数年間も続けられ、彼らの「モスクワの男」が好んでけなされたということを考えるからである。
これらの話はみなひどく似ている。マルコム・マガリッジはこの物語を、伝記の中で次のように語っている。
「新聞の経営者たちや放送局の代理人たちには、それにもかかわらず、この汚れたニュースがモスクワにいるわれわれ自身の特派員からやって来たということができるため、このニュースを入手するためには多額の金を払う用意があった。イメージというものは、いつも事実に対応するのだ。振り返ってみると、モスクワから私が送った電報の中で唯一正しい文章であったかもしれない。それは、私が一時的にアメリカの通信社の代わりをして、外国駐在のソ連大使館が行うスラブ的接待に対する平均的ソ連人の反応をたずねている電信を受け取ったときでした。なにも考えないで私は、〈平均的な人々の反応、強い願望は、自分から最も近くにあるごちそうに手を出すことである〉という電文返答でした」。 

親愛なる読者の皆さん、それは1930年代に遡る話である。変わるものが多ければ多いほど、それだけ多く彼らは同じものにとどまるのだ。
デヴィッドと彼の子供は、共産主義国の支配者たちとの取引について、本当に一体なにを考えているのだろうか。ここで、この疑問に対して、モイヤーズはどう問い直すかを見てみよう。

モイヤーズ──あなたはどのように、ある日は共産主義政権と取引し、また次の日には資本主義政権と取引をするのですか。
ロックフェラー──そうですね、この仕事を始めてからこれまで三十三年経ちますが、これらの事例について、ひとはきわめて実際的でまた弾力的でなければなりません。彼らが属している政治的ラベルを度外視した政府との関係は、広い領域にわたって人民および人間関係のいかんにかかっています。それは一国が共産主義であると技術的に呼ばれるというまさにその理由で、チェース銀行のような資本主義的機関が彼らと相互的関係で取引ができないということにはなりません。そして事実、私たちは世界のほとんどの、いわゆる共産主義国とこれまで非常にうまくいったペースで取引をしています。それは、双方のためになると私は考えています。
「技術的にいって共産主義者」、……「いわゆる共産主義者」。これは『インサイダー』で指摘したのと正確に同じものである。すなわち、あなた方や私が共産主義と呼んでいるものが、平均的な人間が操作されて信じ込んでいるものとは全く異なっているということを、本当の権力者はよく知っている。彼の行動の道徳性についていえば、デヴィッドは次のように説明し続ける。
「私個人としては非常に様々な見方を持った人々との私たちの取引に不道徳なことや、不適切なことは全然見出だしていません。例え彼らが私たちにとっては本当に嫌な方法で仕事を進めているとしてもそう言えるのです」。
この注目すべき旅行談をさらに数ページにわたって引用することもできるのだが、それをビル・モイヤーズに代わってやってもらおう。なんと言ってもこれは彼の番組なのだから。

モイヤーズ──比較的少数の世界的起業家達が国際連盟国際連合をはぐらかすようなことをやってのけたということで、つまりある見方によれば、彼らは利潤という冷たい論理で支配されている世界統一(One World)を創造したということで、私はこの部屋のここで、すっかり打ちのめされ、少なからず恐怖を覚えています。……対策はいつも同じです。つまり金を絶えず動かし、それを増やすことです。あるチェースの重役は、多国籍銀行を「世界を支えている血を吸う巨大心臓に例えた。血とは金のことである」。

しかり、まさにそうである。ビル・モイヤーズ氏の言う通りだ。だが、あなたは、あるいは現存するマスコミの誰かが、「金はいかに多くの血を流しているか」と自問したことがあるだろうか。

(1)マルクスは「人間の同盟」(Liga der Menschen)という神秘的な集団に雇われて、大衆を煽動する餌として、『共産党宣言』を書いた。彼の名はこの革命的な小冊子の著者として有名になるずっと以前から「K・M」というイニシャルで広まっていた。彼が実際にやったことの全ては、ドイツのバーバリアで啓明会(Illuminanten)を創立したアダム・ヴァイスハウプト(Adam Weishaupt)がこの70年前に書いた革命的な計画と原理に肉付けして、これを教典化したことである。この方面のことをよく知る者は、「人間の同盟」が1786年バーバリア当局によって禁止されて消滅した啓明会を拡張したものに他ならないことを証明する。 

p68 第三章 彼らが通貨を操っている

歴史の先生は、大学で学生たちに、教授が使うテキストは「客観的である」と教えている。しかし、歴史書を特定の見地を離れて書くことは一体可能であろうか。毎日、世界では無数のことが起きているが、それらについての完全な、何事ももれていない記録というものはまったくありえず、そのようなものがあるという話はまことにばかげている。
歴史を客観的に再現する歴史家の能力は、出来事の単なる広がりによって制限されてるのみならず、多くの重大な出来事が文書や回記録にも決して記されないことがあるという事実によっても制限されている。歴史を動かす大物によって世論を排除する形で決定される事柄は報道されないことがある。印刷に適しているニュースは全て(全ての適当なニュースというのが正しいであろう)報道すると自称しているニューヨーク・タイムズでさえ、そうなのである。
歴史家はしたがって、知られている小さな、不完全なデータを自分の仕事のために選び出すよう強いられている。では一体、どのようにして彼は──もし特定の見地に立たなければ──重要ではないデータを重要なデータから分けるのであろうか。
適切にもスチュアート・クレイン教授が言っているように、つまりどの書物もその著者の命題を「証明する」ことになるのである。こうしていかなる書物も客観的であるとの自己主張はできないのであり、この本もまた同様である。本書の情報は、ここに提起されている主張を証明せんがために選択されたデータに基づいている。ほとんどの歴史家は、あまりにも外面的な現象に眼を向けることによって、歴史的現実を見誤っていると私は思う。本書で扱われているほとんどのデータは、大きな図書館でならどこでも容易に検証できるものである。私はこれらのデータを歴史の本当の意味を正しく示すように整えたつもりである。歴史の本当の意味を暴露することは、エスタブリッシュメントの利益にはならないであろうが。
現在、無数のアメリカ人の頭脳が、アメリカで起きつつある出来事によって混乱させられている。まるで、最初の部分を見ておかなければ、頭が混乱して何が何だかわからなくなるような刑事物映画を見るときのようだ。そのような場合、本当の意味、つまりあの隠し絵がわかるようにするためには、ここで全ての部分を年月順に正しく並べなければならない。

《陰謀を認識するためには、銀行業、特に国際的な銀行家たち(international bankers)についての基礎的な知識を持つことがどうしても必要である。》しかし、この本で取り扱う陰謀の全てを、国際的な銀行家たちのせいにするのは誤りだろう。なぜならば、彼らはその中心的役割を演じていなかったからである。陰謀は一つの手であると考えなければならない。そしてこの手の指一本が「国際的な銀行業(international banking)」であり、他の四本の指が「財団」「反宗教的運動」「フェビアン社会主義エスタブリッシュメント社会主義)」そして「共産主義」である。
キグリー教授は、国際的な銀行家たちに触れ、「《彼らの目標は金融上の権力を用いて全世界を統制することそのものである》」と言っている。
さて、政府は必要とする巨額の金を、どこから手に入れているのであろうか。そのほとんどはもちろん税収入からである。政府はしかし、しばしば税収入以上のものを支出している。こうして政府は誰かに信用貸しをしてもらわなければならなくなる。アメリカ合衆国の国家負債は、約4550億ドルにのぼっている。また政府は、このための利息の最後の一セントまで誰かに借りている。

世論は、われわれの政府が利付買証券によってこれを借りていると信じ込まされている。しかし実際は、国家の負債のごくほんの少しだけがこの形をとっているのであり、政府自身の信用基金を除く政府の質証券のほとんどは、われわれが「国際的な銀行」と呼んでいる大銀行が所有しているのである。
過去数世紀にわたって、政府の財政は国際的な銀行家たちによって多いに助けられてきた。だがこのような工作に際しては、一定の問題がいつもからまってきたものである。われわれは小さな銀行が操業中止保証によって保護されていることを知っている。だが、どのような操業中止保証が、政府や、もし昔なら王との力関係にふさわしいだろうか。政府からその負債の弁済を請求する訴訟は、大学の商学部で教えられるものであって、われわれのテーマではない。ところで「王向け金融業」というものがあって、王、つまり政府からの取り立てを保証できる者たちにとって、これは儲かる仕事である。
経済学の教授、スチュアート・クレインによれば、政府に対する貸付を保証するには二つの方法がある。ある商社に多額の金を貸すとき、その信用供与者はこの投資を保証するため、この商社の経営陣で一票を獲得する。このような取引の場合と同様に、信用供与者に対し担保としてある政府権限を委ねる用意もなく巨額の金を借りる政府などあり得ない。このようなわけで、世界中の政府にそれぞれ何億ドルも貸し付けた国際的な銀行家たちは、それらの政府の政策に非常に大きな影響力を行使するのである。
信用供与者が政府または王に対して持っているもっとも基本的な強みは、与党(または王)が方針を変えれば、銀行家は政敵を金で助けることができるところにある。それゆえに信用供与者にとって、このような与党の政敵を用意していることは不可欠であり、またもしそれが存在していなければそれを作り出さなければならないし、そうすることは彼らの知恵にかかっているわけである。
このゲームに秀でていたのは、かの有名なロスチャイルド家であった。
ドイツはフランクフルト・アム・マイン出身であるこの創立者マイヤ=アムシェエル・ロスチャイルド(Meyer Amschel Rothschild 1743-1812)は、フランクフルトの銀行を営業するため五人息子の一人を当地にとどめておき、他の四人の息子をロンドン、パリ、ウィーン、ナポリに送った。互いに戦い合うそれらの政府に財政援助をすることによって、ロスチャイルド家は十九世紀の間に信じられないほど豊かになった。これについてクレイン教授は次のように言っている。
「もし十九世紀に起きたヨーロッパの諸戦争をかえりみれば、これらがいつも諸勢力間に均衡が再び成立し始めるときに終わったことを、あなたは確かめるであろう。勢力関係が組み替えられた後には、イギリス、フランス、オーストリアロスチャイルド家の周りに新しい組み合わせによる均衡した勢力関係が出来上がっていた。
彼らは、彼らが望む線からはずれた全ての王に戦争を起こさせ、その王たちに、財務援助の定める道を取らせるように諸民族を組み合わせたのである。諸民族(政府)のその都度の負債額を研究してみると、いつも罰せられるべきであったものが現れてくる」。
ロスチャイルド家や他の国際的な銀行家の性格を描写するとき、キグリー教授は、彼らはいろんな点で通常の銀行家から区別されると言っている。彼らはまず世界市民的で、また国際的であった。彼らはまた、諸政府と強く信頼関係で結ばれていたが、とくに自国の政府は言うに及ばず、外国の政府の負債にも深く関わっていた。これらの銀行家たちを「国際的な銀行家たち」という。(キグリー『悲劇と希望』52頁)
 

国際的な銀行家たちが政治史上で果たしている役割は歴史的には秘密にされているが、その主な理由はロスチャイルド家ユダヤ人であったことにある。反ユダヤ主義者は陰謀家の手中に陥り、全ての陰謀をユダヤ人の陰謀として示そうとした。これはしかし、真実にはほど遠いものである。伝統的なアングロサクソン系のJ・P・モルガンと、ロックフェラーの国際的銀行組織は、なるほど陰謀の主役を演じてきたし、ロスチャイルド家とその取り巻き連中の果たした役割の意味も無視できないが、すべてのユダヤ人にロスチャイルド家の犯罪の責めを負わせるのは、すべてのバプテスト族にロックフェラー家の犯罪の責めを負わせるのと同様に不合理であり、かつ不正義でもあろう。

陰謀家たちのユダヤ人会員は、「反名誉毀損連盟」(Anti Defamation League=ADL)という機関を道具として使い、ロスチャイルド家とその連盟者に対する否定的な発言は、すべて全ユダヤ人に対する攻撃であるという風に人に信じ込ませようとしている。こうして彼らは国際的な銀行家たちについてのほとんど全ての確かな情報を隠し、アメリカの諸大学でもこれをテーマにすることをタブーにしてしまったのである。
この分野を研究する人たちなら誰でも、またどんな書物でも、全国に散らばっている無数のADL委員にすぐ攻撃される。ADLは中傷することを専門としており、その際、いかなる真理や論理にも惑わされない。いわゆる「マッカーシズム」にがん強に抗ったADLは、人々をゆえなくして「潜在的反ユダヤ主義者」と非難する。しかし逆に彼らのことを「潜在的共産主義者」と言えば、彼らは大声で抗議するであろう。
実際のところ、誰もユダヤ人自身以上にロスチャイルドに対して怒る資格はないだろう。ロスチャイルド帝国の一部をなすヴァールブルグ家は、アドルフ・ヒトラーを財政的に援助した。ロスチャイルド家とヴァールブルグ家の人たちは、ナチの強制収容所には一人もいなかった。彼らは戦争の外に、つまりパリの豪華なホテルにいたか、アメリカか、あるいはイギリスに移住していた。権力に飢えたナチの手中でもっとも苦しんだ集団はユダヤ人である。ところが、ユダヤ人であるロスチャイルド家の人々の運命は、ブタペストやブロンクス出身のユダヤ人の仕立て屋の運命より、ロックフェラー家の運命にずっと似ている。
政府の出す国債が国際的な銀行帝国の基礎となって以来、政府の負債額を増大させることが彼らの重大関心事となった。負債が多ければ多いほど、利息も大きくなる。戦争以上に政府を負債状態に陥れるものは他にはない。国際的な銀行家たちにとって、軍事的に均衡し、血を流している二国の双方に金を貸すことは、大した困難な仕事ではなかった。
たとえば、アメリカの南北戦争中、北部はロスチャイルド家が遣わしたアメリ代理人、オーギュスト・ベルモントを通してロスチャイルド家が援助し、南部はロスチャイルド家の親類であるエルランガー家が援助した。

政府に対する影響力を獲得し、それをいっそう大きくするためには、戦争と革命が国際的な銀行家にとっては非常に有益であるが、このような影響力を手に入れる本来のカギは昔から金融業であった。負債を抱える政府をコントロールすることは容易だ。信用供与者は負債者に対して、支配者の独占という特権を要求できる立場にある。金に飢える政府は、中央銀行の独占、地下資源についての独占、石油利権の独占、そして運輸行の独占などを承諾する。だが、《国際的な金融業者が最も熱心に求める独占は、一国の通貨に対する全面的な統制である。》
ついに、これらの国際的な銀行家たちは、実際、私的な法人として、ヨーロッパ諸国の中央銀行を我が物としたのである。イギリス銀行、フランス銀行、ドイツ銀行は大抵の人が考えているような、そこの政府の所有物ではなく、国家元首から授けられた私的独占なのである。イギリスのミッドランズ銀行の会頭マックケナは、この組織に仕えているが、彼は「金と信用を分配し、供与する者は、政府の政策を指揮し、国民の運命を手中に収める」と言った。
驚くべきことが1912年9月26日付のロンドン・フィナンシャル・タイムズに掲載された。それは「五つの大銀行の頂点にいる半ダースの人々は、短期的な大蔵省証券の更新を思い止まることによって、政府の財政の骨組みを壊すことが出きるだろう」というものである。
近代的な国民に対する独占的支配を手に入れようとする者は、誰でも中央銀行の必要性を認識した。『共産党宣言』で言っているカール・マルクスの征服計画の第五番目は、「国家資本と排他的独占を備えた国家銀行によって国家がクレジットを中央化することである」というものである。
レーニンはその後、中央銀行の創設はその国家が90%共産化したことを意味すると言った。そのような陰謀家は、「一国を軍隊なしには支配できない。しかしその国の国家経済を支配するための中央銀行があれば話はまた別である」ということを知っている。無政府主義者バクーニンは、カール・マルクスとその一派について辛辣にも、「彼らは片足を銀行に、もう片方の足を社会主義運動に突っ込んでいる」と言った。
国際的な金融業者は、ヨーロッパの全ての中央銀行に人形をすえ、それを監督している。キグリー教授は次のように言っている。
「世界の諸中央銀行の頂点にいる者自らが、世界金融における事実上の権力者であると考えてはならない。彼らはむしろ、彼らの国の支配的な投資銀行家から送り込まれてきた技師であり、代理人である。その投資銀行家が彼らを持ち上げたのであり、またそれゆえに彼らを再び引っ込めることもできるのである。世界の事実上の金融権力はこれらの投資銀行家(国際的な銀行家、もしくは大銀行家=merchants bankersともいう)の手中にあり、彼らのほとんどは合併していない彼ら自身の私的銀行の舞台裏に隠れている。彼らが国際協力と国内勢力の体系を形作っており、この体系は中央銀行に送られている彼らの代理人よりは私的で、強力で、また秘密に満ちたものなのである」(326頁-327頁)

キグリー博士はまた、イギリスとフランスの銀行を従属させ、統制している国際的な銀行家たちは、これらの銀行が理論的に言って公有化した後でさえも彼らの力を堅持した、と言っている。
ヨーロッパの中央銀行をコントロールするこれらの人々が、アメリカでも同じ組織を熱心に作り始めたことは言うまでもない。アメリカの創立者たちはずっと以前から、アメリカを通貨操作によってコントロールしようとする試みがあることに気がついて、そのような国際的な銀行家たちと絶えず戦っていた。トーマス・ジェファーソンは書簡の中でジョン・アダムスに、「…私たちは貴殿と同じように、銀行というものは現にある軍隊よりもずっと危険であると本当に信じています」と言っている。
中央銀行が1836年にジャクソン大統領によって廃止され、アメリカからなくなったにもかかわらず、それからもずっとヨーロッパの金融業者とそのアメリカでの代理人たちは、アメリカの通貨制度をほぼ支配することに成功している。グスタヴス・マイヤーズはその著書『アメリカの大いなる幸運の歴史』の中で次のように言っている。
ロスチャイルド家は長い間、アメリカの金融法規の施行運営に関し、その事象の影で大きな影響力を行使していた。法規に関する記録は、彼らが合衆国の当時の(アンドリュー・ジャクソンによって廃止された)銀行業界の支配者であったことを示している」
十九世紀には、大都市を持つ東部の指導的な金融業者たちは、しばしば互いののどをかき切り合っていた。ところが、農村である西部にいるその犠牲者たちが、東部に対して政治的に組織化し始めたとき、これら東部の「猛獣たち」は、自らも利益団体を作り、無数の農夫や企業好きな競争相手から自分達を守るために、共同して働かなければならないことを思い知った。経済権力のこの分裂が、これから企業家たらんとする者と、金融独占家を刺激して中央銀行を要求させた主な要因のひとつであった。
『略奪の時代』という自著で、この時代に生きたプロクター・ハンスルは次のように言っている。
「モルガン家、クーン=レプ家、および産業界で、これに似た役割を果たしているその保護者たちの間には、金融界を混乱におとしいれるような不一致をできるだけ避けようとする傾向があった。これに対し、非常に有利な結果をもたらす一つの利益団体が誕生した」。
しかし、東部の中心部を除けば、大抵のアメリカの銀行家やその顧客は、この考えには不信感を抱いていた。一つの中央銀行組織が必要であるということを奥地に教えるために、国際的な銀行家たちはその実力を誇示するため、またそれと同時に残りの銀行家たちがこの線から外れると何が生じるかを警告するため、一連のパニックを作り出した。この懲罰行動の演出家は生粋のアメリカ人であるが、イギリスとドイツで教育を受けたJ・ピアモント・モルガン(J.Piermont.Morgan)であった。このモルガンは、下院議員であるルイス・マックファデン(十年間、私設銀行家および通貨委員会を指揮した銀行家)や多くの人々からは、イギリスに住むロスチャイルド家の在米最高代理人であると考えられていた。
世紀末には、このJ・P・モルガンは、すでに人工的パニックの製造法に熟練していた。このような事件はよく計画調整されていた。連邦準備法をつくった一人、上院議員ロバート・オーエン(彼の果たしたこの役割はその後大いに怨まれた)は、院内委員会で、彼の所属している銀行は「貴殿はただちに貴殿の持っている通貨貨幣の三分の一を取引市場からひっこめ、貴殿の貸付金の半分について回収報告をするだろう」という内容の『1893年のパニック回状』という名で知られた回状を、国民銀行家連合(The National Bankers' Association)から受け取ったと証言した。

歴史家フレデリック・ルイス・アレンは、1949年4月25日付のライフ誌で、ニッカポッカー銀行とアメリカン・トラスト・カンパニーが支払不能の状態にあるという噂が広まった際に果たしたモルガンの役割について報告している。この噂が、1907年のパニックの発端となったのである。モルガンがこのパニックに勢いをつけたかどうかという問いに、アレンは次のように答えている。
「このトラスト・カンパニーの会長であるオークレイ・ソーンは、その後ある院内委員会で、自分の銀行はただ大規模な払い戻しに見舞われただけであり…自分自身は救済の請求はしなかったし、ただ<モルガン>の主張が自分<ソーン>の銀行に対する殺到を惹起しただけだと証言した。この証言によって、ハインツェ銀行、モース銀行、トーマス銀行や、またおそらくこれらの銀行と関わりのある他のことがらに対する浄化委員会の懲戒処置によって、多くの頭の鋭い年代記作者は、次のような適切な結論に至ったのである。すなわちモルガンの利益団体がパニックに勢いをつけ、その伝播を巧妙に操って、その結果、ライバルの銀行を潰し、モルガンの勢力下にある諸銀行の優越性を強化するために、1907年秋の不安定な状況を利用した、というのがその結論である」。
自分で作り出した「パニック」を、モルガンはほとんど自分一人で終わらせた。ここから彼は、来るべき将来に自分のためになるあるものを確信することができた。これをアレンは次のように説明している。
「1907年のパニックが与えた教訓は、はっきりしていた。立法化によってパニックに確かな根拠を与えるということには、その後六年間も気がつかなかったとしても事態は同じである。そしてその立法化とは、合衆国は中央銀行組織を本当に必要としているというものであった…」。
アメリカにこの中央銀行を備え付ける際に、最も重要な役割を演じたであろう人物は、パウル・ヴァールブルク(Paul Warburg)だった。彼はその兄弟であるフェリックスと一緒に1902年、ドイツから合衆国に移住した(図4参照)。彼らはまたその兄弟であるマックス(後のロシア革命の主要なスポンサーとなる)をフランクフルトにとどめ、彼にはそこで一族の銀行(M.N.Warburg&Co.)をさらに営業させた。

図4
https://dl.ndl.go.jp/pid/12242171/1/44
パウル・ヴァールブルクは、アメリカきっての国際的な銀行家であるクーン=レプ商会の後に控える指導的な実力者、ヤーコブ・シップ(Jakob Schiff)の娘、フリーダ・シッフと結婚した。ステフン・バーミンガムは彼の著書『我らが仲間』(Our Crowd)で正当にも、「十八世紀にシッフ家とロスチャイルド家はフランクフルトで一双子会社を分割した」と書いている。すでに述べたように、シッフはクーン=レプの経営参加権をロスチャイルド家の金で買った。パウルとフェリックスの両者はこうしてクーン=レプ商会の共同経営者になったのである。
モルガンの演出でパニックが起きた1907年には、パウル・ヴァールブルクはほとんど毎日「銀行改革」の必要性について書いたり、講演をしていた。「公共の福祉」に奉仕する彼に、クーン=レプ商会は次の六年間、五十万ドルの年棒を支払った。世論はその「公益的な」配慮を高く評価した。
ヴァールブルクはこの「銀行改革」を促進する際に、モルガンの上院における踏み台役として知られるネルソン・オールドリッチ(Nelson Aldrich)に支持された。オールドリッチの娘アビーはジョン・D・ロックフェラーJr.(ニューヨーク州の知事になったN・ロックフェラーはその母方の祖父にちなんで名付けられた)と結婚した。

1907年のパニック後、オールドリッチは国家通貨委員の長に任命された。オールドリッチとその仲間は、銀行制度についての技術的な知識は何も持っていなかったにも関わらず、中央銀行制度を「研究する」ため約二年にわたる修学旅行を行い、ヨーロッパの中央銀行のオーナーとの飲食に三十万ドルの税金を使った。"贅沢な散歩"から帰ってから、この委員会は、二年近くの間、報告会も開かなければ、「修学旅行」で得た知識を発表することもなかった。それにもかかわらずオールドリッチ上院議員は事の「準備」に忙しかった。パウル・ヴァールブルクと他の国際的な銀行家たちと一緒に、オールドリッチは合衆国史上最も重要な秘密集会を催した。ロックフェラーの代理人フランク・ファンダーリップ(Frank Vanderlip)は、その後何年も経ってから、回想録の中で次のように打ち明けている。
「私は、世論の注意を団体にまつわる事件に向け、その世論を社会の利益のために用いようと考えている。しかしそれに反し、私は(陰謀家がそうするように、実際まことに秘かに)沈黙していたことがある。さて私が沈黙していたことというのは、1910年に起きたことである。それは我々のジェカイル島への秘密旅行であるが、これこそが最後に連邦準備制度という形になって現れたものの本来の始まりであるといっても、私には誇張ではないと思われる」。
このことについて、秘密を守ることにも確かに根拠もあるだろう。しかし、これにはアメリカの全経済の統制が賭けられていたのである。さて、オールドリッチ上院議員は信頼に満ちた紹介状をJ・P・モルガン社のヘンリー・P・デヴィソン、ロックフェラー所有のナショナル・シティー銀行の会頭フランク・A・ファンダーリップ、財務省次官A・ピアット・アンドリュー、モルガン所有のバンカー・トラスト・カンパニーのベンジャミン・ストロング、そしてパウル・ヴァーブルクに送った。それは彼らが全員、国家通貨委員会報告の最終的な勧告文を書き下ろすため、オールドリッチと一緒にジョージア州のジェカイル島におも向くという内容のものである。
B・C・フォーブスは著書『アメリカをつくっている男たち』(Men Who Are Making America)の中で次のように言っている。
「一般的な討議の後、全員一致の総括的原則を掲げることが決定された。このグループの全員は、全ての銀行組織にとって理想的な土台として中央銀行を設立することに賛成した」(399頁)。
ヴァーブルクは「中央銀行」という名はどうしても避けなければならないと強調した。そこで、州の様々な行政区に四つ(その後に十二になる)の部局をもった地方準備制度(地方反衝組織)計画が採択された。インサイダーたちは、ニューヨークの銀行が、世論に対して彼らを代弁するであろう諸銀行を支配することを知っていた。

ジェカイル島の集会後、通貨委員会とオールドリッチ法案に関する報告書が完成した。ヴァールブルクは法案を連邦準備制度(連邦反衝組織)と名づけることを提案した。しかしオールドリッチは、自分の名前が銀行改革との関係ですでに人々の記憶の中に根をおろしていることを主張してやまなかった。彼はなかんづく、彼の名前のついていない法案が提出されれば、疑いが生じると言って、自分の主張を正当化した。オールドリッチという名前はしかし、この法案をはじめからお流れにするトリックであることがわかる。なぜなら、この名前をつけて現れた全ての法律は、明らかに国際的な銀行家たちの計画だったからである。オールドリッチ法案が議会を通過できなかったとき、新しい戦略が工夫されなければならなかった。
さて、共和党ウォール街とあまりにも密接に結びついていた。中央銀行を実現する唯一の望みは、ウォール街を無力にするため、計画を隠し、それを民主党員の力を借りて実現することにあった。
このためのチャンスは、1912年の大統領選挙が近づいたときにやって来た。共和党員のウィリアム・ハウワード・タフト大統領は、オールドリッチ法案に反対していた。このタフトの前任者である共和党員テディ・ルーズヴェルト革新政党の名簿の中から大統領に立候補することに同意するまで、タフトの再選は確実であると一般に思われていた。フェルディナンド・ランドバーグ(Ferdinand Lundberg)は『アメリカの六十の家族』(America's 60 Families)という著書の中で次のように証言している。
ルーズヴェルトがタフトに再び挑戦すると知らせるやいなや、タフトの大統領選の敗北は避けがたいものとなった。三角戦争(タフト─ルーズヴェルト─ウィルソン)の全期間を通して、ルーズヴェルトの背後にはモルガンの代理人フランク・マンシーとジョージ・パーキンスが控えていた。彼らはルーズヴェルトのスポンサーとなり、ルーズヴェルトの話を前もって調べあげ、ウォール街の人々の援助を引き出して、反タフト運動という仕事を全部引き受けたのである…。パーキンスとJ・P・モルガン社こそ、革新政党の実体であり、他は全てその飾りだった。要するにルーズヴェルトの選挙資金の大半は、タフトの頭皮を狙うこのモルガンの両戦士によってつくられたのであった」(110-112頁)。
民主党の候補者ウッドロー・ウィルソンも、また同様にモルガンの「所有物」だった。ガブリエル・コルコ(Gabriel Kolko)博士は『保守主義の勝利』(The Triumph of Conservatism)という著書の中で、「1907年の秋、彼(ウィルソン)はオールドリッチの銀行法案を支持し、アメリカ社会におけるモルガンの役割を完全に承認した」(205頁)と報告し、さらにランドバーグによれば、「候補に指名される前までウッドロー・ウィルソンは約二十年間、ウォール街の裏道をうごめいていた」(同書112頁)と報告している。
ウッドロー・ウィルソンとT・ルーズヴェルトは、ウォール・ストリート・マネー・トラストに対する花とへつらいで飾られた中傷や密告やらでしのぎを削っていたが、この同じグループがまたウィルソンとルーズヴェルト双方に選挙資金を出していたのである。
コルコ博士はさらに、1912年初頭、銀行改革は「死亡した事項のように見えた…。銀行改革運動は完全に他から孤絶していた」と言っている。ウィルソンはこの事項を再生させ、通貨制度をウォール街の国際的な銀行家たちの支配から解放すると国民に約束した。これについての民主党の原則的説明は「われわれは中央銀行に関するオールドリッチ計画には反対である」と明確に言い切っている。しかし「大ボスたち」は、かつて自分達が誰を買収したかまだよく覚えていた。ウィルソンの運動を強力に支持していた国際的な銀行家たち(すなわち「大ボスたち」)の中には、すでに挙げた名前の他に、ヤーコブ・シッフ、バーナード・バルフ、ヘンリー・モルゲンソー、トーマス・フォーチュン・ライアン、ニューヨーク・タイムズの編集者アドルフ・オックスの名前が見出だされる。

ウィルソンを操る計画を議院の中で推進していたインサイダーの原動力は、謎に満ちた「連隊長」エドワード・マンデル・ハウス("Colonel"Edward Mandel House)であり、彼はアメリカ南部に住むイギリス金融利権代表者の息子であり、イギリスで教育を受けた。「連隊長」とはハウスが名誉職として用いた名前であって、彼は一度も兵役についたことはなかった。彼は舞台裏に控える厳しい黒幕で、多くの歴史家によってウィルソン在任中、合衆国の真の大統領と記された人物である。ハウスは自分の『行政官フィリップ・ドル』(Philip Dru,Administrator)という著書の中で「カール・マルクスが夢見た社会主義」の建設について書いている。この目標に一歩近づくため、ハウスはこの自著の中で、累進所得税の課税と中央銀行共産党宣言にある十項目の計画のうちの二つなのである。
『ハウス連隊長の親書』(The Intimate Papers of Colonel House)という書物で、チャールズ・セイムーア教授は、連隊長こそ連邦準備法の「見えざる保護の天使」と言っている。セイムーアの本は、連邦準備法が準備され、議員の中で推し進められている期間中、ハウスとパウル・ヴァールブルクの間に成立していた切れ目のない接触を示す多くの記録とスケッチを見せてくれる。伝記作家ジョージ・ヴィーレックは、「シッフ家、ヴァールブルク家、カーン(Kahn)家、ロックフェラー家、モルガン家がハウスを信用していた…」ことを保証している。そして彼らの信頼は十分報われたのである。
連邦準備法が「国民の法」であるというフィクションを支えるため、インサイダーの銀行家たちは偽の敵をつくった。この戦術は、クロバー畑にさらされないようにと願うウサギの物語を思い出させる。つまり、実際、オールドリッチとファンダーリップは、自分達の法案を激しく批判したのである。これから二十年ほどしてファンダーリップは、「さて、連邦準備計画がオールドリッチの名前を持っていたとき、その計画は崩れたけれど、その中にはその後実現した本質的なものは全て含まれていた」と告白している。
議会がクリスマス閉会にさしかかる直前、連邦準備法は1913年12月22日、258票対60票で下院を、そして43票対25票で上院を通過した。ウィルソンは大統領になるため、インサイダーとの約束を果たしていた。ヴァールブルクはハウスに、「さてこれでよし、全てが今われわれの思うようにはならなくてもよい。足りないところは後から行政訴訟で補えるのだから」と言った。
この法律の真の反対者もいたが、彼らは政敵や、この法律の賛同者たちの力の前にはどうすることもできなかった。保守主義者ヘンリー・キャボット・ロッジSr.は、将来をはっきり予見して次のように告げた。「この法案は支払手段のすさまじいインフレーションを招来するように私には思われる…。私は、金貨を兌換のできない紙幣の洪水に溺れさすような法律が採択されうるとは考えたくない」(1932年6月10日議事録)。
採択後、有名な飛行士の父であるチャールズ・A・リンドバークSr.は、議会で次のように述べている。
「この法律は地上最大のトラストを確立するものである。もし大統領がこの文書に署名すれば、金権の不透明な政府が──マネー・トラスト・投資によってそれが実在しているということは証明されている──合法化されるだろう…。これは偽装したオールドリッチ法案である…。トラストがインフレーションを欲するときはいつでも、新法がインフレーションを起こすだろう」。
連邦準備法はマネー・トラストに対する民主主義 の勝利として称賛され、そして現在でも依然として賞賛され続けている。しかし、真実はその逆なのである。

中央銀行の全構想は、これがないと自分達の勢力に奪われるのではないかと考えたグループによって企てられた。マネー・トラストの衣ははがされたという神話は、本来なら、パウル・ヴァールブルクが初代連邦準備理事に(その会員はハウス連隊長に探し出された)任命されたときに、崩れ去っていなければならなかったはずである。ヴァーブルクは、連邦準備からの一万二千ドルの年棒に甘んじ、他の五十万ドルの年棒を諦めた。アメリカの大学で「歴史の偶然論」を教え、擁護している向きは、ヴァーブルクが「あきらめ」を「社会的、市民的精神」から行っていると人々に信じ込ませようとしている。
さらに最初の危険な一年間、ニューヨーク準備銀行の会頭は、モルガン利益集団に属するベンジャミン・ストロングであった。そしてこの彼こそ、オールドリッチ法案を作成するため、ヴァーブルク、デヴィソン、ファンダーリップ、そして「ニュー・ライン」を擁護する他の男たちを、ジョージア州のジェカイル島に連れていった男なのである。
ところで、この「中央銀行」はどのように強力なのであろうか。連邦準備は、われわれの通貨の供給と利息率を統制することによって、全経済を操作している。この中央銀行はインフレかデフレかを、不景気か好景気かを作り出し、自らの裁量にしたがって金融市場を活発にしたり不活発にしたりする。この銀行があまりにも強力なので、その強力さは、院内銀行業委員会の委員長であるライト・パットマン議員が、
「合衆国には今日、実際には二つの政府が存在している。一つは正当な、憲法上の政府であり……、もう一つは連邦準備内にあって、独立した、統制外の、バラバラな政府である。この政府は金融力を有し、この金融力は憲法が議会に与えたものであった」
と主張するほどである。
大統領も、議会も、財務省の長官も、この銀行に関する権限を持っていない。いや逆に、金のことについては、彼らはこの銀行から命令すら受けるのである。この機関の持つ統制外の権力について、財務省長官デヴィッド・M・ケネディーは、1969年5月5日付のUSニューズ&ワールド・リポートとのインタビューで次のように告白した。
「(質問)あなたは最近の信用懲罰運動をよいと思いますか。(答)それを承認するか否かは私の課題ではない。それは連邦準備の仕事である」。
そして奇妙なことに、連邦準備は一度の検査を受けたこともなく、院内銀行業委員会のライト・パットマン委員長のこれに関わる一切の試みはきれいに退けられたのである(ニューヨーク・タイムズ、1967年9月14日付)。

写真1 キャロル・キグリー教授は、世界を政治と金融の舞台裏からコントロールしようとする国際的な銀行家たちの計画を暴露している。これらの億万長者は自分達の独裁制に労働者の民主主義という衣を着せている。

写真2 J・P・モルガンは連邦準備銀行法を実行に移す口実として人為的なパニックを作り出した。彼は彼のイギリス政府に対する貸付金を確保するため、合衆国を第一次世界大戦のなかに巻き込ませる道具として働いた。彼は、国際的な銀行家たちの頂点にあって、舞台裏からコントロールできる全能で、中央集権化した政府をつくるため、社会主義的な集団のスポンサーとなった。彼の死後は、彼の仲間たちがロシアのボルシェビキ革命のスポンサーとなった。

連邦準備の仕事は、これまでどれほど効果的であったろうか。この評価は、それを見る者の立場によって違ってくる。ウッドロー・ウィルソンが宣誓して以来、国家負債は十億ドルから4550億ドルにのぼった。これまでに(債権者としての)国際的な銀行家たちに支払われた利息高は驚異的なものである。この利息は国家予算の中で実に第三位を占めている。国家負債の利息は毎年220億ドルにも上り、それは、インフレが国際の利息高を突きあげるにしたがって、常に急上昇している。その間にわれわれの金(きん)の全てはヨーロッパの諸中央銀行に押さえられてしまい、銀は全て売却されてしまった。目前にせまった経済的破局について言えば、歴史的現実を否認するもののみが、これが偶然によってのみ起きたと信じることができるのである。
連邦準備ができあがれば(つまり実のところ何も知らないアメリカ国民が秘かに連邦準備の肩代わりをさせられたときには)、景気と恐慌の循環はもはやないだろうという保証がなされた。その舞台裏で国際的な銀行家たちのために中央銀行計画を貫徹した人々は、「今や恒久的な成長と、前進する福祉があるのみだ」と約束したものである。しかし、チャールズ・A・リンドバークSr.議員は辛辣にも、「今からは恐慌が科学的に作り出されるようになった」と宣言した。中央銀行を利用してインフレとデフレを交互に作り出して、国民の大きな利益を押さえるという方法は、今や国際的な銀行家たちの手によって精密科学にまで仕上げられている。

国際的な銀行家たちが富を合併し、それをコントロールする道具として準備連邦をつくってから、これが今では彼らの破壊的な一撃のためのものとなってしまっている。1922年から1929年の間に、連邦準備は通貨の供給を62%膨張(あるいはインフレを招来)させた。新しい通貨はすべて、証券取引相場を法外につり上げるために使われたのである。
巨額の信用貸付金が手に入るようになったちょうどその頃、マスメディアは証券取引で急速に財をなしたというセンセーショナルな話を一般に広め始めた。フェルディナンド・ランドバーグによれば、
「この基金から利潤を引き出すために、一般人が投機へとそそのかされなければならなかった。そしてそれは誘惑的な新聞報道によって実現された。それらはよく買われ、証券取引劇を演じ続ける相場によってまかなわれたのである」。
1928年、ドルの購買力安定化に関する院内公聴会は、連邦準備理事会がヨーロッパの諸中央銀行の指導的人物と緊密に協力していたことを示して警告を発した。院内委員会の警告によれば、連邦準備理事会とヨーロッパの諸中央銀行の指導者たちの秘密会食の場で、国際的な銀行家たちは引き締め政策をとることを決定していたのである。
イングランド銀行の会頭であったモンターギュ・ノーマンは、アメリカの財務省長官アンドリュー・メロンと話し合うため、1929年2月6日ワシントンにやってきた。1927年11月11日付のウォール・ストリート・ジャーナルは、ノーマン氏を「現代ヨーロッパの独裁者」であると表現した。キャロル・キグリー教授は、J・P・モルガンの腹心であるこノーマンが、「私は世界の覇者の地位を享受している」と言ったと書いている。ノーマンのこの謎めいた訪問後、ただちに連邦準備理事会は「軽い通貨」の政策を急転回させ、手形割引歩合を上げ始めた。ほぼ七年間膨れ続けてきた風船が、こうして破裂寸前の状態となったのである。
それは12月24日に起きた。ウィリアム・ブライアン(William Bryan)は『合衆国の未解決の財政的、政治的諸問題』(The United States Unresolved Monetary and Political Problems)という著書(自費出版)の中で次のように言っている。
「すべてが済んだとき、ニューヨークの金融業者たちは相場師に<24時間引き出し可能な貸付金>の弁済を要求し始めた。これは、相場師とその顧客が自分らの借金を解消できるようにするためには、いまや株を取引所に投げ込まなければならなくなったことを意味している。これはもちろん、取引所の崩壊をもたらし、全国の銀行を片っ端から倒産させることとなった。上部の寡頭制には属していなかった銀行には、このとき相場師の弁済要求が特に強く突きつけられた。これによってこれらの銀行の弁済手段は急速に尽き果て、その結果、閉鎖されなければならなくなったのである。連邦準備は弾力性のある通貨を堅持するよう法律によって義務付けられているにもかかわらず、これらの銀行には助け船を意識的に出さなかった。投資していた国民の一部は、大半の相場師や銀行家と同じように決定的な打撃をこうむった。だがしかし、インサイダーたちはそうではなかった。彼らは取引所の投資から手を引いていたが、彼らのもっている株を「短期間に」売り払い、株式相場が垂直に下落する直前に、巨額の利益を手に入れていたのである。彼らは、パウル・ヴァールブルクの解説から売る合図をかぎとっていた。この合図はフィナンシャル・クロニカルが1929年3月9日、ヴァールブルグの次のような言葉を引用したときに与えられた。それは、
「もし行きすぎる投機が無制限に許されるなら…、ついに崩壊がやって来るのは当然であり、それは国中を巻き込むような一般的な恐慌に至る」
というものであった。この情報の意味を知っている者は、もと自分がもっていた株券をたかが10%の値で買い戻すことができた。
科学的に組み立てられた1929年の崩壊が、一つの災難か、もしくは愚かさの結果であると信じることは、あらゆる論理を無視することに等しい。インフレ政策を推進し、取引所を吸い上げるようなプロパガンダをする国際的な銀行家たちは、自分もこの「大恐慌」に偶然にも落ち込むには多くの世代を経て集めた知識を持ちすぎていた。
院内銀行業委員会と院内通貨委員会の委員長であったルイス・マックファデン議員は、次のように説明している。

「それ(恐慌)は偶然ではなかった。それは一つの用心深く工夫され、構築された出来事だった…。国際的な銀行家たちは、統治者としてわれわれ全員の上に君臨できるように、われわれにとって絶望的な状態を作り出すことを目指したのである」。
たしかに1929年以来、このような規模の恐慌はもうないが、しかし不景気には規則的におそわれている。これらの不景気はみな一定の周期を持っており、その都度連邦準備はアクセルを踏んだり、ブレーキをかけたりしている。1929年以来、この種の操作によって次のような不景気が引き起こされた。
1936-37年  株式相場が50%暴落
1948年   株式相場が16%下落
1953年   株式相場が13%下落
1956-57年 証券取引が13%後退
1957年   年末に相場が13%騰落
1960年   株式市場が17%後退
1966年   株式相場が25%下落
1970年   証券取引が25%以上下落
図5は評価の高い金融誌、インディケイター・ダイジェスト1969年6月24日付に基づいている。同誌には通貨供給の緩和と引き締めという連邦準備計画が、いかに工業関係株式の平均相場に働きかけたかを示している。それは証券取引所を操作し、恐慌ないし不景気を科学的に作り出す方法を暗示している。連邦準備の金融政策が、まさにどの方向をとるかということについての信頼すべき情報を持っている者は、これで思いがけない富にありつけることができるのである。
連邦準備理事会の理事は、大統領によって十四年の任期で任命される。この地位から国の全経済がコントロールされるようになって以来、この地位は官僚の地位よりずっと重要なものになった。しかし誰かが一度でも、これらの地位に着いている人について何かを聞いたことがあるだろうか。唯一の例外は多分、理事長のアーサー・バーンズについてであろう。本来なら上院で総括的に議論されてはじめてなされるはずのこの任命は、ただ機械的にだけ承認されている。だが、ここではヨーロッパの場合と同じように、これらの人々はただの操り人形にしか過ぎず、国際的な銀行家たちの指図に基づいてこれらの地位に据えられるのである。このことのためにも、全能の銀行家たちは、両政党の大統領選挙運動に金を出してきた。このすべての権力と金融の操作の最終結果は、インサイダーの希望通りに行けば、「世界金融の覇権が、完全で超国家的な統制機構として、どこでも、また全てを超えて支配すべきである」というバンク・オブ・イングランドのモンターギュ・ノーマンの夢の実現だろう。

図5 https://dl.ndl.go.jp/pid/12242171/1/52

〔1985年最新情報〕
1971年以来、われわれは二回の大規模なインフレと三回にわたる不景気を目撃してきた。トラックを廻る度に、物価指数のインフレは前回のラウンドの水準を上回ったし、引戻しの間により高い基礎水準で落ち着いた。言い替えれば、どの新しい高さも以前の高さより高かった。そして、どの新しい低さも以前の低さより高かったのである。
70年代と80年代のインフレは南北戦争終結以来、われわれが経験したどんなインフレよりも悪質だった。そこで私は、ドルはもはや金とは兌換されえないだろうというニクソン大統領の1971年8月15日の宣言を昨日ホノルルで聞いたように錯覚した。彼は同じ演説の中で、インフレを「抑える」ため賃金・物価調整を発動しつつあるとも言っていた。その日こそ、ドルの最期を意味した。
1985年のはじめのドルは現に強い、しかし何と比較して強いのだろうか。他の不換紙幣と比較してなのか。投資家たちは──たぶん外国の通貨や投資物を売っているアメリカの投資家だけが──ドルに飛び付いた。しかし、それはドル自体よりもっとひどいインフレに見舞われた他の通貨に比べて強かったからだけだし、あるいは合衆国の経済が外国の社会主義経済よりいくぶんなりとも強かったからにすぎない。私はこの問題については、そのままそっくり以下の章で再び取り上げたいと思うが、ここでは連邦準備の役割は今日、かつてない強さを持つに至っているというにとどめておこう。
ゲイリーと私が連邦準備制度の役割と、その株式市場の動きと関係の要点を述べたときはほとんど誰も注意しなかった。現在もなおラジオを聞き、テレビを観て、連邦準備の政策と利率の持つ効果との関係から、市場がどう動くかということに関する説明を得ることは不可能である。各人が「レートの観察者」を手に入れていたのだった。
いつもわれわれが繰り返しこれらのインフレ・不景気サイクルの一つを通り抜ける度ごとに、政治の支配者はぎょうぎょうしく、いかに「われわれはインフレの山を越した」かをしゃべる。それをニクソンは1972年に、フォードは1976年に、レーガンは今やりつつある。実際のところ、通貨制度において金統制抜きでインフレを抑えることは、キングコブラを取っ組み合いで地にねじ伏せるようなものである。その頭を叩き落とさない限り、逆に「ざまあ見ろ」である。
インフレが全世界を呑み込むということを考えれば、以前に引用したモンターギュ・ノーマンの言葉と夢を思い起こすことは極めて大切である。ドルは、しまいには暴落する。ドルを含めて、すべての国の通貨の死を告げ、知らせる一つの貨幣制度を、世界金融のインサイダーは待ち構えている。あなたはこのことに最後のクリューガー金貨を賭けてもよいだろう。
どのくらい大きなインフレがこれ(通貨の死亡)をもたらすであろうか。正直にいって私にはわからない。だが、もしそれが生じれば、誰が「新通貨」を出そうと、世界は万能薬としてのこの「新通貨」に飛び付くだろう。これは私個人の意見だが、その源は世界銀行か、それにそっくりの未来版であろう。
CFR誌である「フォーリン・アフェアズ」の1984年秋季号で、リチャード・N・クーパーは、「未来の通貨組織」という題の記事でこの問題についての自分の考えを要約している。クーパー教授は、「すべての民主主義的な工業国にとって、一つの共通の通貨政策に基づく一つの共通な通貨の創設と、その通貨政策を決定するための一つの連合造幣銀行の創設」を要求している。そしてさらに次のように続けている。
「しかし、単一の通貨は、単一の通貨政策と、通貨を発行しつつ通貨政策を指揮する単一の権威を伴うときにのみ可能である。独立国はどのようにそれを遂行できるだろうか。そのためには、各国は通貨政策の決定権を一つの超国家的組織体(a supernational body)へと譲渡しなければならない…」。

また、あなたが、これは象牙の塔の学術的沈思の類いではないのかと考えるかもしれないので、そのようなことのないように、私は今ここで、クーパー教授がハーヴァードの国際経済学の(The Maurits C,Boas)教授であり、1977年から1981年まで経済次官をし、1972年から1974年までエール大学の教務部長をしていたという事実を指摘しておかなければならない。彼はまた、この記事の締めくくりで、「簡潔にいって、より高い責任を引き受ける一つの内部集団(Innerclub)なるものができるだろう…」(太字は著者による)と明らかにしているように、これらの事柄がどのようになされるかを完全に理解しているのである。
本当に「内部集団」ができるだろう。ビル・モイヤーズは自分のテレビ番組の中で、「力の世界は閉ざされた戸の向こうで動いている」といって、このことをはっきりさせている。

 

G.アレン, L.エブラハム 著 ほか『Insider : \u003C世界統一>を謀る恐怖のシナリオ』part 1,太陽出版,1987.2. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/12242171 (

『世界魔法大全』5国書刊行会(後半)

p119
一方、人間一人一人には「天使」──守護天使──がいるので、人間は本当の数も持っている。というのは、その人の数は、彼の存在の深部において彼と一体となっている彼の「天使の数」と一致しているからである。そこで名前と数は同義語となり【※ヘブライゲマトリア】、「どんな人もその兄弟の天使の名前も知らない」、何故かというとその名前を知れば、その天使を呼び出す能力が得られるからである。未開人が自分の名を明かすのを恐れるのは、この事が根底にあるためである。また古代エジプト人が自分達の名前が関係する場合には、その犯すべからざる秘密を守るためどんなことでもしたのはそのためである。彼らが計り知れない神秘によって包み隠したのは、俗世での名前ではなく、天使ないし悪魔の名前であった。その名前を人に知らせるということは、自分達の霊をさらけ出して悪魔や敵意を持っている魔術師に捕らえられることに等しかった。

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p135

「吊るされた男」と題されたタロットの鍵の象徴表現もこの教義文と類似点があるかもしれない。人間が逆さまに宙吊りないし「ぶら下げられる」のである。テンプル騎士団が瞑想したといわれているのはまさにこの姿勢(アサナ)である。これ「シロアムの眠り」の名でも呼ばれている。 

 この姿勢が象徴している事柄は間違いなく、普通は邪悪だとか嫌悪すべきものとみられている信仰の中で何故かコウモリに奇妙な尊敬の念が捧げられているのかを説明してくれる。通りすがりに、次のようなアンリ・ボゲ(『魔法使いの話』1590年)の言葉を見つけるのには興味深いものがある。「サタンは人間の姿になって魔女と一緒に寝ようと思うと、宙吊りにされた、つまり絞首刑に処せられた誰かの肉体を借りるのである。」 

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p136 

 『法の書』には最高の血は月の血、月に一度の血である」と述べられている。これが(一年に十三回の周期を持つ)月の血で、古代の太陽崇拝以前の崇拝の特徴であり、また何故後の時代に十三が呪われるようになったかの理由のひとつである。月の血は「北」、「夜」(月と星)、左、下の時代と関係を持ち、最初の時代は償いの血(グノーシス派のソフィア)により人類を救済する者として女性が基盤だった。 

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 p141  

  これらの三要素──太陽、月、火──が三重の「実体」、三者一体の「種」を形成しており、「シュリ・チャクラ」ないし「大エネルギー地帯」とはその満開かつ最後の開花のことである。これが「母なるハス」であり、最高の秘学的力の「根元的チャクラ」である。

 三重の種は幾何学的に三角形またはピラミッド、つまりホルスと未婚の母の象徴によって表されている。頂点が上向きであればホルスを意味し、下向きないし南向きならセトを意味する。タントラでは、「シュリ・ヤントラ」の中心の三角形は、儀式が『右道派』か『左道派』によって上向きになったり下向きになったりしている。ヌイトとハディト、北と南、女性と男性のこれら二つの三角形が融合して、「超越的意識」を象徴する頂点が六つある「精霊の星」ができる。この星はO.T.O第九位階の象徴である。  

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p144
ヘブライ語の)「クオフ」すなわち「q」カバラ上の値は100で、マヤ、魔術、幻想の数であり、結合した男根とクテイスの数である。これらはいずれも幻想を作り出すものである。クオフは、生命の樹の29番目の道に属するものとされている。「クオフ」についてのクロウリーの説明に要約されている教義は、「月」と呼ばれるタロットの鍵を明らかにすればその全貌が得られる。
クロウリーの魔術の記録には、月食の間行われた性魔術の例がたくさん載っている。月食といっても、天文学上の現象のことではなく、生理学上の月、月経のことである。「記録」には普通El Rubという言葉で表されているが、これはElixir Rubeus──赤い秘薬ないし血の魔法薬──の略である。この言葉は『Liber Stellae Rubeae』、『スター・ルビーの儀式』と特別な関係がある。これが「ヌイトの星」、「五芒星型の儀式」で、物質化のような物理的現象を引き起こしたり富とか「貨幣」を獲得する目的である秘密の方法で行われた儀式である。
月の流れを利用する時には星幽界(アストラル)の最も濃密な面が必要となる。黄金のような金属となってこの流れが固体化するのは、物質界で最終的にそして──道士にとっては──普通は不要な完成を遂げたからである。「黄金をつくるには黄金が必要だ」というのは『大いなる業』の現世的な面に関する錬金術の警句である。

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p152

エジプトの魔術において、実際に黒いとまではいかなくても暗黒の部分は大体が、それらの秘儀を個人的目的のために悪用する邪悪な僧侶達によって実践された。そのような悪用の中には、死霊を奴隷にしてしまって、魔術市が儀式を行う際の使い魔であるかのようにそれをこき使うということがあった。
死後の栄養がかけているために、暗闇の亡霊の意識の中に異常な空腹が生じることがあった。そのためいつの世にもどんな場所においても、死者の親類により非常な注意が払われ、死者の霊がその乏しくなっていく活力を、正統的なやり方で、すなわち墓に置かれた供物の食物の精妙な部分を食べることにより満たせるようにと気が配られた。
ミイラは、そこを通じてエネルギーが吸収される物理的媒介として用いられた。つまり、ミイラないしマミラ──肉または凝血した血──は、亡霊が饗宴の間に現れるための物質的な基礎となったわけである。
数えきれないほどの恐怖譚が、害悪を及ぼすミイラというテーマに磨きをかけてきた。ミイラは何百年にもわたって死んだままになっていたにもかかわらず、開けてみると最近物を食べた兆候が見られたというのである。魔術によって閉じ込められた霊がミイラを自分の活動の足がかりに用いたわけだが、これは実際問題としてあり得ない状況ではない。もしも、死者の親類ないし友人達によって食物が定期的に与えられなければ、その死体は生きている人間達の方へと注意を向けることになろう。死後に執り行われる儀式とか供物とは元来霊を慰める性格のもので、オカルト文学にあふれるばかりに登場する恐ろしい霊を鎮める意図のものだった。このレベルの神話の中にこそ、吸血鬼伝説の根源(ルーツ)がある。若返りの呪文の中にも似たような作用はあるのだが、決定的な違いは吸血鬼は死んでいるのではなく生きているという点である。
クロウリーは一度だけこの種の妖術に頼ったことがあるが、彼はそれを常習的に行っている導師をいく人か知っていて、ある時そのうちの一人と大変な争いを演じたことがある。その事件は『告白』に詳しく述べられている。
O.T.Oの「至聖所」の会員に伝えられた秘密の性魔術の教えが載っている「書」、すなわち『リベル・アガペ』につけた解説の中に次のような要領を得た一節がある。
「吸血鬼は太った元気のよい犠牲を選び、その体力を全て自分の方へ移してしまうつもりで、体をうまく使って──普通は口によって──その獲物の血を抜き取ってしまう。ある者はこれを、黒魔術の性質を分かち合う行為と考えている。
「血は完全に抜き取らねばならない。もし巧く行えば、二、三分もあれば十分に昏睡に似た昏睡状態といってもいいような状態が起こる。
「熟達している者は、犠牲者が死ぬまでこの行為を行い、それによって肉体的な体力を得るだけでなく、その魂を閉じ込め奴隷にしてしまうのである。この魂はその後は使い魔として仕えることになる。
「この行為は危険なものとされている。故オスカー・ワイルド、それから「ホロス」夫妻も行ったことがああるし、変則的な形ではS・L・メイザースとその妻、およびE・W・ベリッジが行った。

 

作家オスカー・ワイルド梅毒による脳髄膜炎で死亡
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AA%E3%82%B9%E3%82%AB%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%83%AF%E3%82%A4%E3%83%AB%E3%83%89
墓碑の全裸の男性像を彫刻したジェイコブ・エプスタインはユダヤ
https://en.m.wikipedia.org/wiki/Jacob_Epstein

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p154 

「フェニックスのミサ」は実は「吸血鬼のミサ」なのである。 

───────────────────────p155 

ヘブライ人の象徴表現では、ソロモンの封印には火、金ないし光を表す三角形△と、水ないし血を表す三角形▽が描かれている。両者を合わせると六芒星となる。この封印は、物質化された精神、または人間と結び付いた神の至高の象徴である。 

 

 これは『大いなる業』の象形文字で、O.T.Oにおいて火と水が統合されて完璧なものとなった象徴で、「第九位」を表している。 

 

 ソル=オム=オンという名前は、太陽=男根的創造的エネルギーを表すラテン語サンスクリット語エジプト語を並べたものである。太陽は黄金(昇る時)であっても赤(沈む時)くても、鷹、サギ、トキあるいはエジプト人のペンヌ鳥である不死鳥(フェニックス)、という昇り沈む「帰還者」を表す象形文字である。太陽が西の地平線下へ沈む時、黄金は赤へと代わり、赤はアメンティの黒へと変わる。太陽の旅行の三つの様相はこの三色に代表され、生物学的には肉体の誕生と死と埋葬に相当する。 

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p169

イカドが1923年に出した『エジプトの復活』には彼が不安定で従って不完全な仕事を行った証拠が見られる。彼は驚くなかれ「生命の樹」の道の順序を反対にし、「智慧の蛇」を逆さまにしたのである。また彼は、新しいアイオン──マアト(真理と正義)のアイオン──がもうすぐのところまで来ているとか、ホルスのアイオンは始まるか始まらないうちにもうおしまいになってしまったとか述べている。

クロウリーの死後一年も経たない、と同時にエイカド自身の死の直前に当たる1948年4月2日のことであるが、エイカドは「宝瓶宮の時代」が始まったと宣言した。およそ二千年続くことになっている「ホルスのアイオン」の始まりをエイワズが宣言した1904年の「神々の春分点」からちょうど44年後のことだった。エイカドはその新時代のことを「マ=イオン」つまり真理と正義のアイオンと名付け、1923年に出版した『QBL』という本の中でその時代の始まりを予言していたのである。しかしながら真理と正義のアイオンなぞいまだに始まっていない証拠はどこにでも見られる。

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p199

スペアの見解では、この言語が効果的に働くためには、各人が手近にある材料──自分自身の潜在意識──から印形(シジル)を作り出して、自分自身の言語を導き出さなければならないのである。彼は、占術があまりに外れる理由として、占い師は伝統的に伝わっている象徴をみてその本当の価値を潜在意識的に認識するのに成功することは時にはあるけれども、その象徴の大部分は正しく解放されることがないという事実を挙げている。それだから象徴は互いの関連性を欠き、その結果無益なものとなったのである。

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p209

「魔女術」に関する歴史的資料を見ると、子供とか動物の焼いた肉は、魔女集会の参加者たちの欲望を実現する力を持った生け贄として悪魔に時々捧げられたことが分かる。文字通りこの生け贄を捧げる行為は本来妖術師が自らの子供を「犠牲にした」時すなわち忘却の火の中で自分の願望の象徴を焼き尽くした時にもたらされる魔術的な変質の堕落したものである。 
 儀式の次の段階では、魔女集会の際に使われる様々な神秘的姿勢(集会の形式とかポーズ)を暗示している。「性的な四頭立ての車」(四人の騎手ないしは四つの性的力)が呼び出される。これは数は多いけれども、主に四つの種類に分けられる。第一に、通常行われる性的行為。第二に手とか目とか雰囲気を必要とする観念的創造(マスターベーション)の行為。第三は「神聖な猿の術式」に象徴される見せかけの行為ないし、星幽(アストラル)的反射の行為。第四は、女性の体を倒錯的に用いる「魔女崇拝」をその典型とする行為である。 
クロウリーの「性魔術崇拝」との類似点について考えたくなるところだが、スペアは次のようにこの四つの行為について説明している。
まず第一の場合、彼は「通常行われる性行為」とは「意思」(「手」に象徴される)と「想像力」(「目」に象徴される)との間に永遠に続く相互作用であると解釈している。その理由は色々なものを生じさせるのは「意思」と「想像力」だからである。チベットの「ヤブ=ユム」はこの能動的力と受動的力の絶えざる相互作用を表す東洋版の方法となっている。従って通常の性行為は、「魔女集会の儀式」の最も重要な機能を取り戻してくれるものなのであり、その機能とは「外的創造」つまり「他者性」──外界に象徴される──と接触することにより我々の「内面性」からの脱却を果たすことにある。
第二の行為──観念的創造──はある特殊なマントラ的震動によって行われる。「口」はそれを行う魔術的な手段の象徴となっている。反響する呪文、祈祷、歌による礼拝、まじない、マントラなどは欲望のエネルギーを音調によって潜在意識の中の必要な層へと伝えるのである。呪文の効果を上げ、宇宙的記憶の深部で反響させ、「神聖な整列」を作る方法が『ゾス・キア崇拝』の重要な奥義となっている。「深部を反響させ、『意思』と『信念』を結びつけるものは何であろうか。発生期にある『欲望』から作り出され、自由の身となった自我により「リズム」を与えられた神聖文字(ヒエログリフ)ないし記号がそれであろう」
第二の行為は従って「大願望」が「外部で創造」されたり投射されその結果実現される前に星幽(アストラル)界でその「大願望」を表現するわけである。
「性的な四頭立ての車」つまり「偽装」を示す第三の行為は「大願望」を実現する方法を明らかにしている。そのような偽装の方法の原型となっているのがスペアが「死の姿勢(ポーズ)」と名付けた完全な放心状態である。願望実現の方法は、死を装うことにより強化される。この姿勢については次章で扱う。
第四の行為、つまり再組織ないし再配列または「子供が生まれない性的交渉」という行為には古代エジプトの「ドラゴン崇拝」から来ている術式が必ず伴う。「月の魔術」がともなうにしろ「ゴモラの術式」がともなうにしろ、どちらもクロウリーの信仰ではそれぞれO.T.Oの「第九位階」と「第十一位階」の面に現れる、魔力を人体に再組織するためには、実現した願望が不必要だったために枯渇するまでその願望を強めねばならない。そこで「性的な四頭立ての車」の行為はすでに星幽(アストラル)界へと投射された魔力を孕ませ、その魔力に魔術師自身のエネルギーを与える。そこで、魔力は「創造力の無い」性的交渉による反響する性行為のできる生きた実体となれる。
スペアはこう説明している。魔女集会は、「自分を誘惑するための反転であり、気晴らしになる意欲的活動を与えてくれる解放の場である。セックスは魔術の技法及び媒介として用いられる。単なる官能的な満足ではない。官能主義者は、最終的に性衝動を昇華するまでは隔離され監督される。彼の修行は全て、いつでも彼の魔術のエネルギーを冷静で道徳観念とは無関係の情熱によって、抑制し変形し方向づけることができるようになるまでは『魔女』に服従することにある」

第七節の祈りの言葉「我らを永遠(とわ)に甦らせたまえ」は、「キア」があらゆる可能性をもたらす背景であり創造の源でありあらゆる快楽の目的であると分かり感じられるような連続した至福状態が得られるまで、古代に覚えた恍惚感を絶えず回復したいと懇願している文句である。これは先祖返り的復活を求める教義となっている。
魔女集会の呪文には「何ものよりも神聖なる天の文字」という言葉が出てくるが、「天の文字」は「女神の文字」であり、それは魔女集会の本当の目的を隠すものである。この文字は「ゾス・キア崇拝」の秘密の文字で、第六節までの呪文が「女神」を呼び《出す》ものであるのに対し、これは「女神」に呼び《かける》ものなのである。「呼びかける(インヴォケーション)祈り」は精霊に主観的に現れるようにと訴えるものであり、「呼び出す(エヴォケーション)祈り」は精霊に客観的に姿が見えるように現れることを求めるものである。隠れているレクトーは「私が創ったこのような呪文のもつ力の意味の力によって」目に見える姿で現れるよう呼び出される。

スペアによると魔女集会で主導権を握っている魔女は「大抵は老人で奇怪で俗っぽく好色的であり、その性的魅力ときたら死体と相選ぶところがない。ところがその魔女が、最高の媒体となるのである。妖術師自身の美的修養を変化させるのにその媒体が必要なのだが、また修養は同じくその媒体によって破壊もされる。倒錯行為は道徳的偏見ないし服従を打破するために用いられる。根気強く繰り返すことにより、精神と欲望は道徳観念を失い、一点に集まり全てを受け入れるようになり、イド(「大欲望」)の生命力は最終的抑制以前の様々な抑制からは逃れられる
「こうして最終的には、魔女集会は実在化を目的とする《故意の》セックス・パーティーとなり、感情転移により自閉性の思考に現実性を与える。セックスは十分に利用され、誰をも傷つけない者は自分をも傷つけはしない」
スペアは個人的な美的修養(つまり、美と醜を構成するものについての個人の考え)は、それ自身が価値基準にされてしまった時に、ほかのどの「信念」よりも感情的に自分と類似したものの方を破壊してしまった、と信じていた。
「だが伝統的に醜いものを別の美的価値へと変形する者は今度は恐怖を超越した新たな喜びを得る」
『リベル・アレフ』でクロウリーは似たような理論をはっきりと述べている。普通は嫌悪、反感あるいは戦慄をもよおす奇怪な、ゾッとするようなイメージと結びつくことによって解除される魔術的なエクスタシーはその反対のもの(だと普通見なされているもの)と結びつくことによって解放されるエクスタシーと比べると、極めて豊かなものである。願い求めていた宝島は、意識のある心にとっては当然不快な戦慄と恐怖の表象(イメージ)の中にまさしく存在するものなのかもしれないというサルバドール・ダリの意見を思い出していただきたい。そのような価値の転換は、普通とは逆に、健康を増進し、自制と寛容と理と同情へと導いてくれるのである。単に儀式の添え物なのではなく、価値転換は、「大欲望」の達成を促進するものなのである。
「ただ『欲する』だけでは何も得られない。認識論も、終末論でさえ役に立たないし、神々も駄目である。だが──とゾスは語った──
『まるで本物のような』偽装は客観的な実体として実りの多いものだった。全ての『理性』を『盲目の』生命力へと昇華することが、智慧の全てである。」

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p212 
 第七節の祈りの言葉「我らを永遠(とわ)に甦らせたまえ」は、「キア」があらゆる可能性をもたらす背景であり創造の源でありあらゆる快楽の目的であると分かり感じられるような連続した至福状態が得られるまで、古代に覚えた恍惚感を絶えず回復したいと懇願している文句である。これは先祖返り的復活を求める教義となっている。 
 魔女集会の呪文には「何ものよりも神聖なる天の文字」という言葉が出てくるが、「天の文字」は「女神の文字」であり、それは魔女集会の本当の目的を隠すものである。この文字は「ゾス・キア崇拝」の秘密の文字で、第六節までの呪文が「女神」を呼び《出す》ものであるのに対し、これは「女神」に呼び《かける》ものなのである。「呼びかける(インヴォケーション)祈り」は精霊に主観的に現れるようにと訴えるものであり、「呼び出す(エヴォケーション)祈り」は精霊に客観的に姿が見えるように現れることを求めるものである。隠れているレクトーは「私が創ったこのような呪文のもつ力の意味の力によって」目に見える姿で現れるよう呼び出される。 
 スペアによると魔女集会で主導権を握っている魔女は「大抵は老人で奇怪で俗っぽく好色的であり、その性的魅力ときたら死体と相選ぶところがない。ところがその魔女が、最高の媒体となるのである。妖術師自身の美的修養を変化させるのにその媒体が必要なのだが、また修養は同じくその媒体によって破壊もされる。倒錯行為は道徳的偏見ないし服従を打破するために用いられる。根気強く繰り返すことにより、精神と欲望は道徳観念を失い、一点に集まり全てを受け入れるようになり、イド(「大欲望」)の生命力は最終的抑制以前の様々な抑制からは逃れられる 
 「こうして最終的には、魔女集会は実在化を目的とする《故意の》セックス・パーティーとなり、感情転移により自閉性の思考に現実性を与える。セックスは十分に利用され、誰をも傷つけない者は自分をも傷つけはしない」 
 スペアは個人的な美的修養(つまり、美と醜を構成するものについての個人の考え)は、それ自身が価値基準にされてしまった時に、ほかのどの「信念」よりも感情的に自分と類似したものの方を破壊してしまった、と信じていた。 
 「だが伝統的に醜いものを別の美的価値へと変形する者は今度は恐怖を超越した新たな喜びを得る」 
 『リベル・アレフ』でクロウリーは似たような理論をはっきりと述べている。普通は嫌悪、反感あるいは戦慄をもよおす奇怪な、ゾッとするようなイメージと結びつくことによって解除される魔術的なエクスタシーはその反対のもの(だと普通見なされているもの)と結びつくことによって解放されるエクスタシーと比べると、極めて豊かなものである。願い求めていた宝島は、意識のある心にとっては当然不快な戦慄と恐怖の表象(イメージ)の中にまさしく存在するものなのかもしれないというサルバドール・ダリの意見を思い出していただきたい。そのような価値の転換は、普通とは逆に、健康を増進し、自制と寛容と理と同情へと導いてくれるのである。単に儀式の添え物なのではなく、価値転換は、「大欲望」の達成を促進するものなのである。 
 「ただ『欲する』だけでは何も得られない。認識論も、終末論でさえ役に立たないし、神々も駄目である。だが──とゾスは語った── 
 『まるで本物のような』偽装は客観的な実体として実りの多いものだった。全ての『理性』を『盲目の』生命力へと昇華することが、智慧の全てである。」 

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p231
(10)テース、セトあるいはトートは同義語で全て「ヘルメスの光」と結びついている。

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p232
(5)ヘルメス的であるというのは、バフォメットはメルクリウスの象形文字であり、したがって腐敗という式を含む錬金術の過程を表す象形文字であるため。

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p233
(6)「アイン」は「一つの眼」の意味で、光の秘密の源を表す象形文字

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p244 用語解説

・A∴A∴=Argenteum Astrun(銀の鈴)…大いなる白い同胞団。点々三個はその「団」が「古代密儀」にかかわる秘密結社であることを示す。

・アブラハダブラ Abrahadabra 『大いなる業』(参照)の術式。アブラは仔羊アメンの形をした太陽である。アメンはセベックあるいはセヴェク、古代エジプトにおけるテュフォン族のドラゴン的神格の称号(名前にあらず)である。高等司祭アンク・フン・コンスが第二十六王朝で復活させたのがこの神格崇拝であった。ハドはセベク・ラー(同時にシャイタン)の秘密の名前であり、魔術力の術式でもある。最終のアブラは彼が「母」の息子であり、ゆえにテュフォン族であることを示す。アブラハダブラをアブラカダブタと混同するなかれ。アブラサクスを参照とのこと。

・アブラサクス Abrasax(グノーシス用語) グノーシス主義における「至高神」。この名前から中世の護身呪文「アブラカダブラ」〈我を傷つけるなかれ、の意〉が生じた。アブラクサスAbraxasは変形綴り  

・『深淵』Abyss… 形形而上学的に解釈した場合、『深淵』は現象と実相、幻想と真実の間に存在する隔たりである。魔術的に見れば『深淵の誓い』は「深淵を渡る」ための意志的努力あるいは現世意識の解消、または客観と主観の世界の超越をなすことを意味する。  

  生命の樹においては、ケテル、コクマー、ビナーの天上の三角形は全ての対立が調和する『深淵』の上部の『三位一体』を表す。『深淵』の横断は霊的修行において最も危険な段階である。もし横断が達成されないならば、一時的あるいは永遠の狂気が結果として生じる。 

https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E6%B7%B1%E6%B7%B5  

  「深淵(しんえん)とは、深い淵や水の深く淀んだ場所を指す語。英語の“abyss”に対応する。 新共同訳聖書では創世記に登場する単語テホム(en:Tehom)の訳語として用いられている。  

  フレッド・ゲティングズ著『悪魔の辞典』によると、悪魔学においては「進化の終着点」を意味し、すなわち人間の行き着く最後の未来を意味する。これから連想が進み、ヨハネの黙示録アバドンといったイメージになった。カバラの学者は深淵をマサク・マヴディルと表現し、落伍者の行き着く場所と解釈している。」  

・アイオン(Aeonグノーシス用語)=至高神を表す言葉で、クロウリー教においては約二千年を一周期とする時のサイクルを示す。現在のアイオンはホルスのそれであり、一九〇四年に始まっている。「ホルスのアイオン」は、ユダヤ教キリスト教の盛衰に示される「オシリスのアイオン」にとって代わった。「オシリスのアイオン」以前は「イシスのアイオン」であり、現在のアイオンで再登場しつつある異教的要素を有するものであった。
・エイワズ…エイワスの別形。 
・エイワス…1904年カイロにてクロウリーに『法の書』を伝えた外地球的「知的存在」の使者

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p246

アレフ(Aleph)(ヘブライ語)=ヘブライアルファベッドの第一文字。その形は卍型で「創造力」の渦巻くエネルギーを表す。単一文字としての数値は1、(統一)。Alephとして全て綴った場合の数値は111であり、「至上神」ケテルの数値となる。また111は「死」(Death)と「やみ」(Deakness)の数値であり、神秘的意味においては「死」が「統一」の術式であることを示している。

・ベイバロンBabalon 『緋色の女』の名前。この普通でない綴りはエイワズによるものであり、『法の書』ではこう綴られている。ベイバロンという名前の数値は156、「パンの夜」の下にある「ピラミッドの都市」のそれと同等である。ジョン・ディー博士の『エクノの書』(『春秋分分点』誌第一巻七号及び八号に部分的に掲載)を見よ。156はまた『秘儀参入の聖山』シオンの数値でもある。  
    
  ババロン  
  緋色の女、太母(グレートマザー)、または忌まわしき者どもの母とも呼ばれる  
 https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E3%83%90%E3%83%90%E3%83%AD%E3%83%B3
    
  大淫婦バビロン https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E6%B7%AB%E5%A9%A6%E3%83%90%E3%83%93%E3%83%AD%E3%83%B3  

・バフォメットBaphomet O.T.O(東方聖堂騎士団)の首領としてのクロウリーの名前。その意味は第三章にて論じてある。
・バーストBast エジプト人の「原初的大母神」男性の干渉なしに産をなす者。従って彼女は「非男性依存的受胎」の一原型であり、神秘学的・社会学的に見て、父権確立以前に存在した最も初期の崇拝形式の一つである。エジプトにおいて彼女は「猫」あるいはたてがみのない獅子の像として表される。すなわち、月的様相における太陽的力である。セクトを見よ。

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p248

・ベスズ…改革者が元来の意味。「獣」の初期形体。この言葉ベスズはエイワズという名の語源を示すやも知れぬ(第三章を見よ) 

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p250 
 コロンゾンChoronzon 「分散と混乱の悪魔」。その数値は三三三で、「不能」と制御不足の数値。ディー博士はこの「悪魔」を「魔術」に含まれる全ての形而上学的アンチテーゼの真髄と述べている。 

・ハーポクラテスHarpocrates…ホール=バアル=クラアトのギリシャ語表記。「小人神」あるいは〈子供〉にして、現在の「ホルスのアイオン」の象徴。魔術用語ではホール・パアル・クラアトは「意思の下にある愛」の心理・性的術式の結果を表す。〈子供〉はその受胎の瞬間に母(ヌイト)に刻印された形態を示す。

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p251

・ハーポクラテス…ホール=バアル=クラアトのギリシャ語表記 

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p252

・ホルス…双児神ホール・バアル・クラアトとラ・ホール・クイト(参照)から成るエジプト神ヘル・ラ・ハのギリシア語表記。Heruは全ての古代神話の〈英雄(ヒーロー)〉であり、勝利に満ちた太陽神と関わる。この勝利はすなわちテュフォンやドラコ、ヌイトなどのやみの龍に対する太陽の勝利である。神話学的及び社会学的の両面から見て、この勝利は単に「母性」から「父性」に代表される後代の神格概念へのアイオン的変化を示している。ホルスは特に「冬の太陽」であり、北半球と関連する。一方セト(ホルスの双子の兄弟)は「南の主」である。二人の確執の内に「魔術の神秘」と相互反発するエネルギー両極性がある。 

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p256

・オブOb(ヘブライ語)蛇。「星幽光(アストラル・ライト)」に与えられる名称。オペーの語源。オドも参照のこと。  

・オペーObeah=アフリカおよび西インド諸島の妖術。蛇(オブ)崇拝と「星幽光」の魔術目的投射を伴う。オブは全宇宙的物質化代理者であり、マーキュリーあるいはヘルメスのカデュケスの双児の蛇。受動的エレメントを表す。能動的力流はオドである。  
・オドOd=「人間の蛇の力」(クンダリーニ参照)に源流を有する「魔術的エネルギー」の積極的力流。ライヘンバッハはこの力をオディルと呼び、ウィルヘルム・ライヒはオルゴンと呼んだ。これらの科学者達の実験により、実験室内でこの微妙な力の存在が証明されてきた。オドはヘルメスのカドゥケスの能動的「蛇」という形で表され、オブと共になってノドは『法の書』の中で言及されている古代エジプト神の「二倍の力を持つ魔法の杖」を形成する。オブとオドの極性化は蛇が巻き付くカドゥケスの上に乗る球体で表される。球体はAour(アウル、ヘブライ語、光の意味)つまり「光」を象徴する。光はこの極性化と平衡の結果である。天上において光(LVX)は太陽、人においては意識、鉱物王国においては黄金などによって象徴される。  
  
  ・クンダリーニ(サンスクリット語) 人体組織中にある魔術力。意思(テレマ)によって覚醒されるまで背骨の基盤部に眠るとぐろを巻いた蛇として表される。  
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p257 

・パンPan…「全」オールを意味するギリシア語。Allのカバラ的数値は61、つまり「アイン【※一つ眼】」、「無」あるいはヌイトの数値である。ゆえに「全」=「無」はパンの術式の神秘的表現となる。ラテン語のOmne(全)とヒンズー語のOm(オーム)も同様の意を表す。古代エジプト神殿においては、アマウン(Aunの変化形)が類似の概念に帰する。しかしこの宇宙的力(パン)一般には山羊の形として考えられている。山羊は高所(すなわち魂の高い聖なる場所へ行こうとする大望と後の高揚)で一人跳躍するものの象徴だからである。パンの数値は131であり、サマエル【※リリスの夫の赤い蛇】(シャイタンの一形態)のそれと同等、ゆえに秘技を受けない者の精神に恐怖と「大いなる未知のもの」を連想させる。 

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p260

・セトあるいはスト…元来の意味は黒。英語の「すす」Sootはこの数えきれぬほど古代の名前に由来している。セトはエジプト人の原初神であり、これより以前の神は現在の人間の歴史には存在しない。シャイタンも参照のこと。 

・シャイタン(Shaitan)=底部メソポタミアで崇拝されたイェジディの古代神格。クロウリーが復興をたくらんだシュメール伝統の源泉。シャイタンという名前はセトの一形体であり、多くのカバラ的意味を有する。この名前はまたクロウリーが実践した「性魔術」の完全な術式を秘めている。サタンSatanという名前への転訛は、真の術式を理解できなかった者達の仕業であり、このようにイメージが悪化している。  
 ・シン(Shinヘブライ語)=ヘブライアルファベッドにおける「霊」の文字。その数値は三〇〇である。現在のアイオンでは、タロット(トートの書)の二十番目の鍵に配属されるがゆえに大変な重要性を持つ。この鍵──『永劫(アイオン)』──は零番と11番の鍵と共に新アイオンの秘密の術式を有する。  
シリウス(Sirius)「犬狼星」。太古の伝統において、巨星シリウスは太陽の彼方の太陽すなわち宇宙の真の父を象徴する。シリウスは全ての時の原初の星であり、「二つにするもの」または「(時の周期を)新しくするもの」である。シリウスはエジプトにおいて二つにするものとして知られており、ゆえに「創造者」あるいは「形象」の反映者である。シリウスあるいはセトは、最初の<頭なき者>である。彼はエジプトでアンAn(犬)として知られた低城南の光であり、こうしてセト・アン(サタン)──後に道徳意味合いから『地獄』とされた熱の場の主が生まれた。  

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二等辺三角形は悪魔

テンプル騎士団の頃からフリーメーソンというのは魔術を行う組織で、それは男性性的な魔術である。

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バフォメット

http://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E3%83%90%E3%83%95%E3%82%A9%E3%83%A1%E3%83%83%E3%83%88

バフォメットはテンプル騎士団が崇拝していたと非難された神であり、その後、様々なオカルトや西洋の秘教的伝統に組み込まれました。 バフォメットという名前は、1307年に始まったテンプル騎士団の異端審問の裁判記録に登場しました。この名前が英語で一般的に使われるようになったのは、19世紀にテンプル騎士団の弾圧の理由に関する議論や憶測の中ででした。

バフォメットは様々なオカルトや神秘主義の伝統におけるバランスの象徴であり、一部のオカルティストは、その起源をグノーシス派やテンプル騎士団と結び付けようとしましたが、時には神や悪魔であると主張することもあります。1856年以来、バフォメットという名前は、エリファス・レヴィが描いた「安息日の山羊」のイメージと結び付けられてきました。

この山羊は半人半獣、男と女、善と悪など、「対立物の均衡の象徴」を表す二元的な要素で構成されています。レヴィの意図は、バフォメットが完全な社会秩序の目標を表すことで、バランスの概念を象徴することでした。

エリファス・レヴィの『高等魔術の教義と儀式』に登場するサバトの山羊を描いた1856年の作品。 紋章にはラテン語のSOLVE(溶解)とCOAGULA(凝固)が刻まれている。

同一視

ルシファー、ベルゼブブ、アスタロトに仕える上級六大悪魔の一人である大将のサタナキアと同一視する意見もある。

サバトの牡山羊」レオナールと同一視・混同される事も多く、レオナールはただサバトを淫行の舞台として利用する矮小化された悪魔として描かれることが多い

 

エドワード・ブルワー=リットン
リットン調査団の祖父
イギリスの小説家、劇作家 、貴族(1803-1873)
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A8%E3%83%89%E3%83%AF%E3%83%BC%E3%83%89%E3%83%BB%E3%83%96%E3%83%AB%E3%83%AF%E3%83%BC%EF%BC%9D%E3%83%AA%E3%83%83%E3%83%88%E3%83%B3

 

『世界魔法大全』5,国書刊行会,1983.3. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/12611415

『世界の歴史』第31巻 W.&A.デュラント 著

p80
1775年、ノディコフはフリーメーソンに参加した。フランスのフリーメーソンが革命をもてあそんでいたのに対し、ロシアのそれは神秘主義と敬虔派とバラ十字会の空想に向かっていった。

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p140
コシューシコが不在な間の1794年3月に市民、フリーメーソン、陸軍将校たちが新ポーランド軍を募集した

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p174
1763年になるとドイツ語は洗練されて文学用語になり、ドイツ啓蒙主義を表現する準備を整えていた。
この啓蒙主義は元来ドイツの産ではなかった。それはクリスティアン・フォン・ヴォルフが準備した穏健な合理主義に土壌を持つフランス自由思想とつながる、イギリスの理神論の苦しい所産だった。トーランド、ティンダル、コリンズ、ウィストン、ウールストンに代表される理神論の爆発的な主張は、1743年までにはドイツ語に翻訳され、1755年までにはグリムの「書簡」が最新のフランス思想をドイツのエリートたちに広めていた。1756年のドイツには、「自由思想家名鑑」が出版されるほど多数の自由思想家が存在していた。1763年から翌年にかけてバセドーは「真理への愛(フィオレティー)」を出版したが、それは自然そのものの啓示を除く神の啓示を拒否していた。1759年になると、ベルリンの出版業者クリストフ・フリードリヒ・ニコライが「最新文字についての書簡集」を創刊した。それはレッシング、ヘルダー、モーゼス、メンデルスゾーンの論文が豊富に掲載されて1765年まで続き、啓蒙主義の文学上の指針となって、文字の放縦や宗教の権威と戦った。

穏やかな宗教批判

フリーメーソンもこの運動に参加した。「フライモイラー」(訳註・フリーメーソンに該当するドイツ語)の最初の支部は1733年にハンブルグで設立されたが、その他の支部も引き続き設立され、会員にはフリードリヒ大王、ブルンスウィックのフェルディナント公、ワイマールのカルル・アウグスト公、レッシング、ヴィーラント、ヘルダー、クロプシュトック、ゲーテ、クライストらが顔を連ねた。一般にこれらの集団は理神論を好んだが、正当信仰に対するあからさまな批判は避けた。1776年、教会法の教授アダム・ヴァイスハウプトはインゴルシュタットで同種の秘密結社を組織し、「完成者たち(ペルフェクティビリステン)」と称したが、後には旧称通り「啓蒙団(イルーミナティ)」と呼んだ。元イエスズ会士だったこの結社の創立者は、イエスズ会にならって会員を加入年別に分け、「独立した思想を持つ能力のある全ての人間を結びつけ」る運動において、また人間を「理性の傑作にし、至高完璧な政治技術を身につけさせる」運動において、各自の指導者に服従するよう誓約させた。しかし1784年、バイエルン選帝候カルル・テオドールによって全ての秘密結社が非合法化され、「啓蒙団」は早死にの憂き目に会った。

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p455

第二十五章 ユダヤ人〈1715-1789〉

Ⅰ 生存のための闘争

民族を支えた力
ルソーは述べている。「ユダヤ人は驚くべき光景を現実のものとしている。ソロン、ヌマ、リュクルゴスの立法は消滅した。しかし、遥かに古いモーゼの立法はなお生き続けている。アテネ、スパルタ、ローマは滅亡し、この地に子孫は残っていない。しかし亡国となったイスラエルの子孫は絶えなかった。イスラエル人は生き残り、増加し、全地に拡大した。──彼らはあらゆる民族と一緒になったが、同化されることはなかった。彼らには支配者はいなかったが、いつも民族として現存していた。このような奇跡を可能とした立法の力は、一体何に由来しているのであろうか。今日知られているあらゆる立方体系の中で、この立法だけがあらゆる試練に耐え、いつも不動である」
モーゼの立法が残ったのは、そこに盛り込まれている生来の知恵によるものだが、それ以上に作用したのは律法の礼拝であった。この礼拝こそ、敵意に満ちた教系や異国の法のただ中で危険にさらされながら生きて来たイスラエル民族に、一貫して秩序と安定を与えてきた。離散のユダヤ人にとって、ユダヤ会堂(シナゴーグ)は教会であると同時に政府でもあった。そして律法博士(ラビ)たちは誇り高い宗教信仰に基づいてユダヤ人の日常生活の全てを規定する律法に実際的力を与えながら、変転極まりない時代を通してその民を指導した。モーゼの五書は人々の憎悪にも打ち勝って隠れた国家の憲法となり、タルムード──ユダヤの律法とその解説書──は実質的な国の最高法廷となった。
正統派信仰が衰えるにつれて、反ユダヤ主義はその宗教上の基礎をある程度失った。啓蒙された少数者は全ユダヤ人を何世代にもわたって罰することが馬鹿げており、残念であることに気づいていた。なぜなら、ユダヤ人が古代人に犯したという罪は、イエスが賛美されていることに憤慨したユダヤの一老祭司が集めた一握りのユダヤ人が犯した罪であり、イエスを知る大部分のユダヤ人はキリストを賛美していたからである。福音書を注意して読んだ者は、イエスは、敬虔を装った偽善者に批判的だった時も、一貫してユダヤ教に忠実だったことを記憶していた。いくらかでも歴史を学んだ者は、キリスト教世界に住むほとんど全ての者が、十字架にはかけないとしても皆殺し、宗教裁判、あるいは計画的虐殺によって一、二度は異端者を迫害していることに気づいていた。

反ユダヤ主義
ヴォルテールはそれらの全てを知っていた。彼は繰り返しキリスト教徒のユダヤ人迫害を弾劾した。彼の叙事詩「アンリアード」は書いている。

マドリードリスボンの忌まわしい火災。
最善な先祖の信仰を思ったがため、
聖職者の裁判によってはかない災いで死に定められた。
年ごとの不幸なユダヤ人の運命。

彼はユダヤ人の「真面目で規則正しい生活態度、彼らの禁欲、彼らの苦しみ」をたたえた。彼はヨーロッパのユダヤ人が土地を所有することを禁じられ、どの国にも長く安全に腰を落ち着けることができないため商業取引に従事した事を知っていた。しかし、ヴォルテールは激しい反ユダヤ主義者になった。彼はユダヤ金融業者と不運な取引をした、イギリスに旅行した時彼はロンドンの銀行家メディナ為替手形を持って行ったが、彼は破産してヴォルテールに二万フランの損害を与えた。すでに見たように彼はベルリンでアブラハムヒルシュを雇い、ザクセンで値下がりした公債を購入させようとした。彼はそれをプロシアに移し、そこで65%の利益で金に換えようとした──それはヒルシュが警告したように違法だった──。こうして哲学者と金融業者は口論になり、争いは法廷に持ち込まれたが、残ったものは憎悪だけであった。
「諸国民の風俗論」の中で彼は自分を爆発させた。彼は古代ヘブライ人を「卑劣な国民、残忍でいまわしい盗賊集団、その法は野蛮な法、その歴史は人道主義に反する憎悪のかたまり」と記述した。カトリックの一司祭は、それをばかげた乱暴な告発だと抗議した。教養あるポルトガルユダヤ人イサク・ピントは、「哲学辞典」の中の「ユダヤ人」の項目における反ユダヤ主義的な個所を批判し、1762年に「省察」を出版した。ヴォルテールは自分がある特定の人々の罪悪を悪意で全民族に拡大したことを認め、感情をそこねた部分は以後の出版で改正することを約束したが、それは彼の記憶からすり抜けてしまった。フランスの文人はその点でヴォルテールに敵対的だった。ルソーは同情的な理解を示してユダヤ人のことを語った。

各地での状況

大革命以前のフランスのユダヤ人は、市民的諸権利を持たなかった。しかし彼らはいくつかの豊かな共同体を発展させ、何人かの力ある指導者を産み出した。それらの指導者の中の一人は、アミヤン市を含む領地を購入した。彼は大聖堂の法規を定めるため、彼の封建的権利を行使した。司教たちは抗議した。1787年、パリ高等法院はユダヤ人領主を指示した。フランス政府はスペインとポルトガルの王位継承戦争の時ユダヤ人の金融資本家から受けた支援に感謝し、それに答えたのだった。1720年にジョン・ローの投機事業が失敗した後、インド会社の再建に当たってユダヤ人は重要な役割を演じた。ボルドーユダヤ人は特に富裕だった。それらの商人や銀行家は、誠実さと寛大さで有名だった。しかし彼らはセファード系のユダヤ人(訳註・スペイン、ポルトガルユダヤ人)であることに誇りを持ち、アシュケナージユダヤ(訳註・ドイツ、ポーランド、ロシア系ユダヤ人)を全てボルドーから駆逐してしまった。
十八世紀のスペインでは、ユダヤ人を公然と名乗る者はいなかった。スペイン・ブルボン王家支配の初期に、いくつかの小集団はフェリペ五世の一見啓蒙的な統治のもとで、再びひそかにユダヤ教の礼拝を実施しようと考えた。礼拝は多くの場合発覚した。1700年から1720年の間に、宗教裁判所はバルセロナで三人、コルドバで五人、トレドで二十三人、マドリードで五人のユダヤ人を死刑に処していた。今度の新事実に激怒した宗教裁判所は、新たな活動を開始した。1721年から1727年にかけて法廷が取り上げた八百六十八件の事件のうち、八百件以上がユダヤ人を対象としたものだった。そして、そのうち七十五名を火刑に処した。しかし、このような事例は以後はきわめてまれになった。宗教裁判所の歴史の晩年に当たる1780年から1820年の期間、スペイン宗教裁判所は五千人の被告を尋問したが、そのうちユダヤ教関係の者は十六人だけであった。しかもそのうちの十人は外国人であった。スペイン法は一貫して「純血」、すなわちユダヤ人の祖先の血が混ざらない血の純粋さを証明できない人々を、全て文官や軍人から除外していた。改革論者は有能な人々を軍と行政から閉め出すこの規定に不満を抱いた。そして、1783年にカルロス三世はこの法の規制を緩めた。
ポルトガルでは、宗教裁判所はユダヤ教の放棄を拒絶したかどで、1717年に二十七名のユダヤ人を火刑にした。イギリスの桂冠詩人サウジがポルトガル最大の劇作家として評価したアントニウ・ダ・シルヴァは、1712年にリオデジャネイロからリスボンにやってきた。彼と母はユダヤ人という嫌疑で捕らえられ、母は火刑にされた。息子は信仰の放棄を誓って釈放されたが、彼は明らかに再度改宗したようである。なぜなら1739年に彼も三十五歳で火刑にされたからである。ポンバル公はその多くの改革の一環として、在来のキリスト教徒と新しい(改宗した)キリスト教徒との間にあったすべての法的差別を1774年に撤廃した。
イタリアではヴェネチアユダヤ人を解放する方向に向かった。1772年、ヴェネチアユダヤ人は自由であり、他の住民と全く対等であるという布告が出された。ローマはちゅうちょしていた。ローマのユダヤ人街(ゲットー)は、ヨーロッパで最悪なものだった。律法学者(ラビ)たちが奨励した出産の増大は、貧困と不潔を一層ひどいものにした。ある時は、一平方キロに一万人ものユダヤ人が住んでいた。毎年、ティベル川が氾濫してゲットーの狭い路地をおおい、部屋を泥土で満たした。ほとんどの商業上の仕事から除外されていたため、ローマ市に住むユダヤ人は仕立て職人になった。1700年当時、ユダヤ人の成年男子の四分の三は仕立て屋で、その慣習は今日に至るまで続いている。1775年、教皇ピウス六世は古くからあったユダヤ人に対する禁令を更新し、さらにこれに新しい禁令を加えた「ヘブライ人に関する教書」を布告した。そのためユダヤ人は馬車に乗ることや埋葬の時葬送歌を歌うことを禁止され、さらに死者のための墓石も建てられなくなった。ローマに住むユダヤ人がこのかせから解放されるには、ナポレオンの時まで待たなければならなかった。

抵抗を受けたヨーゼフの勅令
オーストリアでは、マリア・テレジアがその信仰の敬虔さからユダヤ人を特定の地域に居住させ、彼らが手工業を営んだり、公職についたり、不動産を所有したりするのを禁止した。フランス啓蒙主義の洗礼を受けた彼女の息子ヨーゼフは、1781年、この先祖伝来の国土──オーストリアハンガリーボヘミア──でかなりの割合を占めるイスラエル人を、有効に社会に貢献させようとする計画を枢密院に提出した。ユダヤ人には教育を奨励すべきであり、三年後には一切の法律、政治、商業上の業務に際して国語を使用させるようにする。ユダヤ人は何ら妨げられることなく礼拝を実施し、教義を説くことができる。ユダヤ人は農業部門に参加し、商、工業部門に関与し、芸術活動を行うことができる。──ただし、ユダヤ人はなおギルドの親方にはなれない。なぜなら、親方になるにはキリスト教信仰の宣誓がいるからである。これまでユダヤ人に加えられていた一切の侮蔑的な差別や圧迫は廃棄される。「一切の外見上の記章ももちろん除去される」。枢密院と地方行政官はこの案があまりにも多方面にわたる条項を含み、またあまりにも突然であったため承認に反対した。
ヨーゼフは一歩を譲り、1782年1月2日にウィーンと低地オーストリアユダヤ人に対して「寛容の勅令」を布告した。それによってユダヤ人はその子弟を国立の学校やカレッジに入学させる権利を得、また不動産の所有を除く経済行為の自由を享受した。しかし、彼らは社会から分離した宗教的団体を保持することを禁じられ、首都にユダヤ会堂(シナゴーグ)を建てることも禁じられた。彼らはさらに一部の都市に住むことを禁じられた。それはおそらく、その地の反ユダヤ主義運動が危険なほど先鋭的だったためであった。ヨーゼフはキリスト教徒の臣下に対して、ユダヤ人の人格と権利を隣人として尊敬するように勧めた。ユダヤ人に加えられる侮蔑や暴力は、いかなるものであれ「きびしく処罰」された。また強制による改宗がなされてはならなかった。やがて皇帝は同様の勅令を、ボヘミアモラビアオーストリアのシレジア地方ににも布告した。彼は国庫にもたらすユダヤ人の貢献を認めた。彼は何人かのユダヤ人を貴族の列に加え、何人かのユダヤ人を国家の財務官として採用した。
しかしウィーン駐在のフランス公使の伝えるところによると、この改革は「不承認の一切の叫びを引き起こした。──ユダヤ人にこのような便宜を与えることは、国家の破壊につながると考えられた」。キリスト教徒の商人は新たな競争を嘆き、司祭たちは異端を野放しにするものとしてこの勅令を非難した。律法学者(ラビ)の中のある者は、ユダヤ人の子弟を国立の学校に出すことを拒んだ。彼らはこの制度がユダヤ人の若者をユダヤ教から遠ざけることを恐れた。しかしヨーゼフは初志を貫き、死の一年前にはこの寛容令をガリチアにも拡大した。そこにある一都市プロディには、一万八千人にものぼるユダヤ人が住み、皇帝はそこを近代のエルサレムと呼んでいた。ヨーゼフの死んだ1790年までにウィーンは新しい特許状を積み重ね、その地は十九世紀に開花するウィーンの見事なユダヤキリスト教文化を準備した。

君主で変わるロシアのユダヤ対策
概して言えば、ユダヤ人はキリスト教社会でよりイスラム社会での方がうまくやっていけた。いくらか誇張もあるが、メアリ・ワートレイ・モンタギュー夫人は1717年当時のトルコにおけるユダヤ人の状況を次のように記述している。

この国ではユダヤ人は信じられないほどの力を持っています。彼らは本来のトルコ人にも勝る多くの特権を持っています。──彼らの裁判は彼ら独自の法によっており、彼らは帝国のあらゆる商業を一手におさめています。それは一つには彼らの間の固い結合によるものであり、また一つにはトルコ人の怠惰な性格、勤勉さの欠如によるものです。すべての州知事は、事務官としてユダヤ人を抱えていました。──重要な人物のための医者、家令、通訳官はユダヤ人でした。──この上なく富裕な者もたくさんいました。
ピョートル大帝の死去当時のロシア、──特にポーランドに面する国境地帯に住む一部のユダヤ人の運命は全く違っていた。1742年、女帝エリザヴェータ・ペトローヴナは、「あらゆるユダヤ人は我が全国土からただちに追放され、──以後いかなる理由によろうと我が帝国は受け入れられない。──ただしギリシア正教キリスト教を受け入れる場合は別である」ことを指令した。1753年までに、ほぼ三万五千人のユダヤ人が追放された。何人かのロシア人実業家たちは、ユダヤ人追放の結果商業がロシア国境地方からポーランドやドイツへ移行し、この地方の経済を圧迫すると主張して女帝に勅令の緩和を誓願した。エリザヴェータは法を緩めることを拒絶した。
エカテリーナ二世が帝位を継いだ時、彼女はユダヤ人の復帰を望んだが、聖職者の反対に立ち向かうには帝位が安定していないことに気づいた。しかし、ポーランドの第一回分割は新しい局面を開いた。ロシアは新たに獲得したポーランドの地区に長く住み着いていた二万七千人のユダヤ人を、どう処遇したらよいであろうか。1772年エカテリーナは「今回ロシア帝国に併合された諸都市と地方に居住するユダヤ人団体は、彼らが現在所有する一切の自由を享受することになろう。」と宣言した。これらポーランドユダヤ人には、かなり大規模な自治が許されていた。また、彼らは市の行政に参与する資格を持っていた。しかし彼らは居住区の境界──これまでのポーランド地方──からロシア帝国内部への移住は禁じられた。1791年、ユダヤ人はへルソン、タウリダ、エカテリーノスラフの諸州への定住を許された。それは最近征服したこれらの諸州に急いで入植させ、その地の防衛を容易にする必要からであった。この間、たいていのロシア人実業家が持つ経済上の反ユダヤ主義と、ロシアの平民が持つ宗教上の反ユダヤ主義のため、帝国のユダヤ人は生活が容易でなく、危険でさえあった。
1766年、ポーランドには六十二万一千人のユダヤ人がいた。それまでの支配者から彼らが許されていた保護上の「特権」はアウグスト二世、三世によって裁可された。しかし二つの王国と二つの信仰──それに愛人たちが加わる──のことで多忙だったこれらザクセン出身の国王は、ポーランド人民が持つ人種上の敵意に対抗するだけの余裕がなかった。政府はユダヤ人に臨時税を課した。土地貴族からは彼らを農奴身分に落とそうとした。また地方行政官たちは暴徒の破壊行為から保護してやるという理由で、彼らにかなりの額の支払いを要求した。司祭たちは「頑固に無宗教にしがみついている」という理由でユダヤ人を非難した。1720年の教会法は、「新しいユダヤ会堂の建設、または古いユダヤ会堂の修復」を禁じるよう政府に要求した。1733年の教会法はユダヤ人を寛容にする唯一の理由として、キリストが受けた苦悩を回顧し、また彼らが置かれている奴隷的で悲惨な状態を介して、不信者に下した神の正しいこらしめを回想する上で彼らが役立つからという中世以来の金言を繰り返した。

 


W.&A.デュラント 著『世界の歴史』第31巻,日本ブック・クラブ,1970. https://dl.ndl.go.jp/pid/12185626

妖術師・秘術師・錬金術師の博物館グリヨ・ド・ジヴリ [著]ほか

』p60
煙突からはもくもくと煙が噴き出している。魔女の地獄の釜湯からの煙だ。百姓が二人恐れをなして逃げ出して行く。

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p82
悪魔の夜宴のサタンに与えられる雄山羊の外貌は、明らかな古代の名残である。それは、凋落期のエジプトの山羊神メンデスであり、ファウヌスとサテュロスとパンの混成であり、結局は反神の合成体なるものである。雄山羊は時にヴィーナスの乗り物ともなる。デュオニソスに捧げられたのは雄山羊の皮で、彼はそれを身にまとった。ユダヤ人の間では、贖罪の山羊となって、イスラエルのあらゆる罪を背負わされた。そして、異教と聖書の物語が渾然一体となった結果、この雄山羊はヨーロッパにおけるあらゆる悪魔の夜宴の変わることのない聖なる主催者として現れたのである。

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p83
サタンには魔女たちの中にお気に入りがいたのである。その者たちとはすすんで愛の交わりを結んだ。夢魔インクブス)などのみだらな話題には触れないにしても、悪魔と魔女との親交はしばしばのことであった。ウルリッヒ・モリトールはその謹厳な本の中で魔女が若い美青年を抱擁している様を示している(図版48)。若者は悪魔のように見えないが、猛禽の爪のある足がその正体を暴露している。

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p97
時によっては、魔女であるなしに関係なく、数人の人々が集まって一緒に悪魔たちを呼び寄せた。その場所はたいていイバラやイラクサの生い茂った廃屋や廃墟の中で、これが民衆に迷信的な恐怖をよびおこした。図版68のリントハイムの魔女の塔もその一例である。

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p152
しかし、悪魔はいつでも人の姿で現れるとは限らない。あるときには幻想の動物の様相で、あるときには幻想の動物の様相で、ある時には普通の姿で現れることは、前に述べたいくつかの妖術の場面で目撃した通りである。彼らの好む姿は竜、雄山羊、オオカミ、猫、フクロウだ。半人間の姿も珍しくなかった。渋い顔をした人間の頭が、なんとも形容しがたい動物の体の上に乗っている。オラウス・マグヌスの本『北方民族史』(1555年、ローマ)に出てくる魔女はアルタームと人間の脂肪のろうそくをかかげて、二重の鼻と人間の頭とをもつ悪魔を出現させたところである(図版105)。その体は飛竜である。別の悪魔が、彼女の立つ壇の横を這っている。前景の死人は蛇に噛まれたらしい。その蛇に、魔女は鋭い斧を投げつけて殺す。

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p158
図版106はグアッツォー神父によるものだが、この家の前にはオオカミと猫(イタチかもしれない)が戸口で待っている。オオカミは悪魔、猫は魔女だ。その逆でなければの話だが。上の町の方へ這って行く大カタツムリだって、おそらくは変身した悪魔であろう。

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p171
ユトレヒトの町に近い城の廃墟には毎月一三日の日に悪魔が集まるという。また、アイルランドのセイント・パトリックや、フィニステールにあるカルノエ城の穴ぐら、さらにオータンのピエール・ド・クアールと呼ばれる記念物の中などである。
この記念物はクアールの小部落へ行く道の端にあり、町からは外れている。図版127がその外観だ。これは十八世紀に描かれたたいへん美しい水彩画で、パリの国立図書館に保存されている。いささかゆがんでいるが、一種の四辺形の石造りのピラミッドであり、ローマ時代に造られたものと思われる。しかし、何のためのものだったかのか正確なところは不明である。ピラミッドの、道に面した面に大きなまわり穴がうがたれている。版画に見えるそれより下の開口はもう以前に埋まってしまったか、もともとなかったに違いない。とにかく、今日ではその跡はわからない。

どれ程の深さがあるのか計ることもできないこの穴から、決まった時刻になると喧騒と激しく鎖を揺すぶる音とが漏れてくる。土地の人たちは、そこが鎖につながれた悪魔の住みかだという。私自身その非常に不気味な騒がしい音を数回耳にした。しかしこの塔は藪や茂み、野草、イバラ、イラクサなどにづっぽりと囲まれていて、入り口まで登るのも、入り口をちらと覗くのも不可能だ。私もまた多くの人々と同様、この不思議を謎のままにしておくしかなかった。

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p196

17世紀、シュラン神父が悪魔払いをしていて、女院長の体から最初に追い出すことができたのがレビアタンという悪魔。レビアタンはポワティエ司教に約束した通り、院長の額に赤い十字架をしるして出ていった。 

 次がバラム。 

 1636年にイサカロンが院長の手にローマ文字で誰の目にも明らかな聖なる名マリアを残して去った。その字は聖ヨセフの名より小さい文字と共に深く肉に刻まれていた。 

 最後ベヘモトは抵抗を続けた挙げ句1637年10月15日になってやっと患者を離れた。 

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P215 

 アスナル図書館の写本二三四八番『ヘブライの王、ソロモンの鍵の書──アブラハム・コロルノ訳』の中には約三〇個の一連の星形があり、129頁から始まるそれらは次のような表題にまとめられている。すなわち《施術者の便宜と知識のために、聖なる星形の各々の形、色、性格、ヘブライ文字もしくはカルデア文字の説明、ならびに私が習い、知ったその効力の列挙。──アブラハム・コロルノ》である。 

 それらのうち図版154のものを見てみよう。これは地震を起こすことができる。この本にある次の説明はとても簡単だ──《天使の一人一人の力は全宇宙を揺るがすに足るからである》。この星形のてっぺんにまさに《ソロモンの印章》と呼ばれる星形が描かれている。 

 正三角形を二つ組み合わせたもので、一つは底辺を下にもう一つは頂点を下にする。円の周辺にラテン語詩篇十八章七節からとった文が入っている。これは《そのとき地は揺れ動き、山々のもといは震い動きました。主がお怒りになったからです》という意味だ。円内および円を分ける三角形の中に、ヘブライ文字と《惑星のかバラ的文字》とが集められており、これらは不可視の力に対応するものと考えられるが、はたして読み取れるものかどうかかなり疑わしい。ともあれ、もちろん新しい羊皮紙に書かれたこの星形は間違いなく効果をあげることであろう。 

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p224
リヒャルト・ワグナーが『神々の黄昏』の中で用いるのもやはり媚薬である。それによってジークフリートブリュンヒルデからそむかせ、その心にグートルーネへの愛を呼び覚ます。しかし、ワグナーのこの楽劇の悲話の元でありエッダという名で知られているスカンジナビアのサガにはこの話は入っていない。

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p235
妖術師に対する執拗で野蛮な迫害、真の迫害が始まるのは十五世紀に入ってのことであり、それも特にフランスとスペインにおいてであった。ポルトガルが国外追放でよしとしていたのにひき比べ、フランス、とりわけアルトワでは、尋問をし、拷問にかけ、足の裏に火を仕掛け、煮えたぎった油を飲ませるなど妖術師をことさら厳しく取り扱った。あまりの過酷さに、1491年にはパリ高等法院がみずから乗り出して、アラスの判事たちが行った訴訟をすべて破棄し、判事らを妖術師の財産横領を企図したかどで告訴し、犠牲者に対する賠償として多額の罰金を支払うべしとの判決を下したほどだった。

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p266 

 『正三位一体論』は、後述するカバラ化された錬金術の本の一つに他ならず、カバラから借りた数多くのヘブライ語の銘、象形文字、それに思いつきの楔形文字までが入っている。ここに載せた図は(カラー図版8)、このすばらしい写本の彩色された本扉で、枠内のいくつもの象徴はいわばヘルメス学の縮図である。

 上部中央はユダヤの三角形で、中に四文字の聖なる名前【※ヤハウェ】が記されている。正方形の中に描かれ表題の入った円も同じくカバリストによく知られた象徴であり、物質の中に隠された聖なる火のきらめきを示す。これは生命の火によって物質に命を与える。右側にヘブライの名エルが、下の方にアラビア語で記されたこれも聖なるものの名がある。アルファベットを指すA、Bの文字は聖なる言葉(ヴェルブ)、言(バロル)を示す。左側には、創世記の最初の唱句からとった《地は形なく、むなしく、やみが淵のおもてにあり、神の霊気が水のおもてをおおっていた》という、ヘブライ語の銘がある。

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『妖術師秘術師錬金術師の博物館』の「妖術師」は悪魔や魔女のこと。 境界は曖昧だが、「秘術師」は悪魔を排除した術で、占星術、人相、タロットカードが主なもので、他に細々した水晶占いや火や水を使う占術など。錬金術は赤い賢者の石を使って金を作ること。 

悪魔の話では、この世は神と悪魔が対立拮抗している世界であり、神を信仰しても報われなかった人々が悪魔を信仰するようになったのも自然な流れであり、神に仕えるのが男性司祭なら、悪魔に仕えるのが妖術師、とりわけ神からあぶれた女性である魔女が多かった。  
悪魔が主催する「悪魔の夜宴」(サバトあるいは、ユダヤ教会のシナゴーグとも呼ばれる)に集まるため、魔女は裸になりイヴとなり、空を飛ぶための香を塗り、箒にまたがり、煙突から出発する。  

洗礼を受けていない子供の脂が空飛ぶ香の材料になるので赤ん坊を鍋で煮ている絵などがある。  

悪魔の夜宴では魔女は悪魔に煽られて子供をさらってくる。いなければ自分の子供を連れていく。 反キリスト教育をされる。

悪魔は尻や腹、胸、膝にも顔があり、サバトでは魔女が悪魔の尻にキスすると銀のシラミがもらえる。

グリヨドジヴリの本には、悪魔は動物や人間に変身するとある。特に竜、雄山羊、オオカミ、ネコ、ヒキガエル、カラス、犬、猿。 

ジヴリの頃で世界人口が15億人 

中世農民だけではなく貴族までサバトに向かい、妖術師や魔女が流行して10万人にもなり恐れられた

 

媚薬の調合は千差万別だが、小動物たちの内蔵と自分の血の粉末を相手に飲ませる。 

サタンの世界では珍しくない対照の妙で、もっとも年老いて最も醜く、最も意地の悪い魔女が最もよく効く愛の飲み物の作り方をしっている。

 

占星術に使うコンパスと定規。 

これはフリーメーソンのシンボルにもある。 

占星術を行うのに、出生年月日時に、太陽月水星金星などの惑星が空のどこにあるかを観測して、出生図(ホロスコープ)をつくる。 

現代は惑星の位置を調べる計算方法があるし、ホロスコープ作成サイトに生年月日を入力すれば簡単につくれるが、中世では、生まれた当日に夜空を見上げてホロスコープをつくったらしい。 

だから数年後にホロスコープをつくろうとしても星の位置はわからないらしい。 

 昼生まれだと夜に観測して12時間分星の動きを引いたそう。 

秘術師は木の定規を目に当てて星の方向を向いて観測していた図があった。コンパスの使い方は不明。 

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『妖術師秘術師錬金術師の博物館』
錬金術師の章

錬金術は賢者の石を使って水銀を金に変成させる法

金属の二匹の竜か蛇が四要素の最中に発生する

ニコラ・フラメルイノサン納骨堂の第四のアーチの下に書かせたフレスコ画、「ユダヤアブラハム錬金術的絵図」の解説左から右へ

1、青年、メルクリウス、杖を持つ。雲の中にはサトォルヌス、長柄の鎌を構える。〔解釈❳──普通の塩と硫酸塩の混じった卑俗の「水銀(メルキュール)」の腐食。神メルクリウスによるが、その両脚をサトォルヌスが鎌で切る。 

 2、七つの洞窟があり、黒と黄色の七匹の蛇がいる山。他の蛇をむさぼる一匹は黄金の翼を持つ。ふもとではグリフォンが別の一匹を食べようとしている。山の上には、白と赤の花をつけた黄金の枝が北風に揺れている。〔解釈❳──風に揺れ、翼を持つ竜二頭に守られた一輪の花による、この腐食水銀の昇華。 

 3、垣根に囲まれたヘスペリデスの園、中央に樫の幹、黄金の葉のバラの木。樫の根本から泉がわいている。盲人がそれを探るが見つけられない。〔解釈❳──美しい庭に植えられらバラの木の根本から湧く泉による、この昇華水銀の還元。 

 4、野の中で、王冠をかぶった王(ヘロデ王)が罪なき聖嬰児(イノサン)の虐殺を命じる。兵士らは子供の血で大桶を満たす。太陽と月が来てそこにつかる。七人の子供が死ぬ。〔解釈❳──未調合の卑俗の水銀に作用された銀と金の調合。それを子供の血に浸った太陽と月が表す。 

5、金の杖にからまりながら互いに相手を呑もうとする二匹の蛇から成るメルクリウスの杖。〔解釈❳──溶解と気化、二匹の蛇は溶けた金属の二つの部分である。一つは土性もう一つは水性で、互いに固定しなければならない。

6、十字かにかかって死んだ蛇。〔解釈❳──揮発性物質の凝固と固定。 
7、砂漠、四つの泉がありそこから川が流れだしている。小さな蛇が四匹砂漠の中を這い回る。〔解釈❳──泉と蛇に示される増殖。

これらの図の下に、ニコラ・フラメルと彼の妻ペルネル、聖ペテロ、聖パウロ、そして父なる神が見え、これらにニコラ・フラメルはやはり錬金術的意味を与えている。そしてさらに下の区画では、固定と気化を意味する雌雄二頭の竜、ついで男と女すなわち《和解した両性》、さらに蘇りの三者《「白い石」の肉体、魂、精神》二人の天使、ライオンの足を持つ男と続き、作業の成就となる。 

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p440
リバヴィウスの著『見直され、改善され、増訂された錬金術』(1606年、フランクフルト)を飾る絵付きの壺二体(図版326、329)も、象徴主義の同じ派に属すものだ。男と女、三頭のワシ、メルクリウスによって鎖で繋がれた二頭の生き物、七金属を表す七頭の蛇、太陽と月、尻尾をかむ竜などが描かれている。

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p445
図版343では、改めて「作業」の全容が要約されている。現存する版画中非常に美しいものの一枚である。そこには知られている象徴の全てが描かれ、かつ貴重な示唆が入っている。すなわち、太陽は魂と同一視され、月は精神と、肉体は立方体の石と見なされる。この石に向かって強力な象徴、土星の黒い先端が突き出ている。これには何頁もの注釈が必要であろう。

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p465
さらに賢者の石は金属を変成させるだけではなく、もっとも一般的でもっとも確実な医療であった。

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賢者の石
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E8%B3%A2%E8%80%85%E3%81%AE%E7%9F%B3

メルクリウス
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A1%E3%83%AB%E3%82%AF%E3%83%AA%E3%82%A6%E3%82%B9

フランスの錬金術ニコラ・フラメル
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8B%E3%82%B3%E3%83%A9%E3%83%BB%E3%83%95%E3%83%A9%E3%83%A1%E3%83%AB

ケーリュケイオン(ヘルメスの杖)
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B1%E3%83%BC%E3%83%AA%E3%83%A5%E3%82%B1%E3%82%A4%E3%82%AA%E3%83%B3
世界保健機関を始め世界各国の医療機関で用いられている、医の紋章である「アスクレーピオスの杖」は本来ヘビが1匹の意匠。しかし、2匹の蛇が巻きつく杖のシンボルが「medical caduceus」という名で、欧米の医療機関の標章として、また、軍隊では医療部隊章として、広く用いられている。」

 

サバト https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B5%E3%83%90%E3%83%88_(%E9%AD%94%E5%A5%B3)  


 悪魔の夜宴でよく挙げられる日は2月1日(人によっては2月2日)、5月1日(大サバト、ヴァルプルギスの夜)、8月1日(収穫祭)、11月1日(ハロウィン、10月30日の夜から始まる)、復活祭、クリスマス。  

5月1日はイルミナティ設立日、メーデー統一教会設立日、令和が始まった日など。 
クリスマスのサンタはサタンから来ている話があるけれど、最初は、袋にプレゼントを詰めたサンタと、赤い服を着て空の袋をもった悪魔のペアで、悪い子は悪魔に袋に詰められて地獄へ連れていかれた。
サンタクロースは実在の人物?  
https://seseragi-sc.jp/sasage/1812-3.htm  
    
キリストの誕生日は8月なのにクリスマスを祝う。煙突を通るといい、サバトの日だったり、赤い悪魔の格好をしたり、バフォメット崇拝の五芒星をツリーに飾ったり、本当にキリストを祝ってる?  

そしてみんなでクリスマスとハロウィンの日に無意識にサバトを祝ってることになってるのは一体… 
 フリーメーソンは魔術を使うから、訳もわからず飲み食いする日であっても、非科学的であっても、サバトの日に祝う行為は悪魔が繁栄する力になっているのかもしれない。 

 

 ジャンヌ・ダルクの親友で悪魔崇拝に手を染め子供数百人を誘拐したジル・ド・レ 

 https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%83%89%E3%83%BB%E3%83%AC

 

人面竜の絵が載っていて千と千尋の神隠しのオクサレサマに似てると思った。 

 https://i.imgur.com/XdXqG1I.jpeg 

 

東洋では龍は吉祥だが西洋でドラゴンは悪魔 

おめでたい「龍」vs.悪魔の「ドラゴン」・・・龍は人類の敵か味方か? 

年賀状作りが楽しくなる龍の話 

 https://gendai.media/articles/-/119358?imp=0 

 

世界魔法大全5にはサタンである蛇信仰は人類発祥の地アフリカの信仰から始まり、シュメールに移動して云々とあり、アブラハムの母はシュメール人で、妻もシュメール人。その2人の子がユダヤ人になり、妻の召し使いが生んだ子がアラブ人になった。 


 https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AA%E3%83%AA%E3%82%B9 
 リリスは夜の妖怪 
 女性とフクロウが合体した姿 
 アダムの最初の妻 
 女性解放運動の象徴って恐ろしいものを象徴にするなぁ 
  
 夫のサマエルはイヴをそそのかした赤い蛇 
 https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B5%E3%83%9E%E3%82%A8%E3%83%AB 
  
  

 蛇と竜は同じで悪魔 

 

 オクサレサマの顔は神社にあるお面をモデルにしていると聞いたが人面龍の神様っているのか 

 

 湯婆婆も東洋より西洋の魔法使いっぽい、千尋の名前を取ったのは悪魔との契約では? 

 金と富をもたらす魔術は詳しくは載っていないがバフォメットの五芒星と生理の血を使うらしい 

 

 ジブリにも生理の暗喩がキキと千尋にあった 

 

 クロウリーはその血の魔術をベイバロンという名の緋色の女と言う 

 

 ベイバロン(ババロン)はバビロンの大婬婦グレートマザー 

 

 ポニョの母はフジモト以外にも夫がたくさんいるという。 

 

 ポルコ(豚)・ロッソ(rosso赤い)やシャアのモデルのレッド・バロンは赤い悪魔とも呼ばれた 

 

 三角帽子と赤い服の悪魔 

 

 バロンは男爵の意味だが宮崎駿はバロンが気に入ったのかバロンを主人公にしたストーリーを作るように原作者に依頼 

 

 ゲド戦記の竜は聖なる生き物のようだがなんでドラゴンが神聖? 

 

 宮崎駿が頻繁に使うトンネルをくぐって異世界に通じるストーリーは、煙突をくぐって悪魔に会いに行く魔女のことを表しているんだろう 

 

 男女反対だが、宗助の血をポニョは飲む。 

 

 サバト (Sabbath、Sabbat) とはヨーロッパで信じられていた魔女あるいは悪魔崇拝の集会。魔宴、魔女の夜宴・夜会ともいう。ヨーロッパでは土曜の夜に魔女が集会を行うと信じられ、中世から17世紀ごろまでサバトに参加した罪を告発されて裁判にかけられた無数の人々の記録が残っている。 

 

第6話 サターン崇拝 

 https://kakuyomu.jp/works/16816452220155676320/episodes/16816452221100700986 

 ブラックキューブの話、土星はサトォルヌス 

 サターンとは古代エジプトでは土曜が週始めとなる日。それをユダヤ人は反対にし、安息日(サバスSabbath)とした。土曜日はサタデイ。 

錬金術では肉体は立方体の石

 

グリヨ・ド・ジヴリ [著] ほか『妖術師・秘術師・錬金術師の博物館』,法政大学出版局,1986.12.  https://dl.ndl.go.jp/pid/12611585